季節は秋になろうとしていた。テレビや新聞を賑わせているニュースがあった。東海岸で博物館や大学、個人宅で中南米の石像や壁画の欠片を盗まれる事件が15件も連続して起きていた。取材する人間によって伝える内容が微妙に異なっていて、マヤやアステカ、シカン、インカなど、古代文明の名前がごっちゃになっていたので、メソアメリカと中央アンデス文明の文物を見境なく盗む泥棒の様に考えられた。しかしシオドア・ハーストは泥棒の本当の目的は一つだと分かった。盗難に遭った15件のうち3件が、返還訴訟問題の最中にあった古代セルバ文明の石像と壁画の破片だったからだ。セルバ共和国文化・教育省は盗難にあったのは博物館のセキュリティが甘かったからだと非難し、訴訟を取り下げるつもりはないと言い張った。博物館の方は返すつもりがなかったが、肝心のものが盗まれて手元にないので、訴訟を取り下げろと要求した。
15件の盗難事件のうち12件はカモフラージュだ、とシオドアは思った。3件のセルバ文明の美術品は盗賊に盗まれたのではない、セルバ政府が取り返したに違いない。中南米諸国で一番マイナーで無名に近いセルバ文明の出土品が5分の1の確率で狙われるとは信じ難い。恐らく、遠くない未来にセルバ共和国は訴訟を断念する筈だ。
メディアは正体がわからない中南米美術品泥棒を”コンドル”と勝手に名付けて、色々な憶測を書いたりコメントを述べたりしていた。彼等の一致した意見は、怪盗コンドルは古美術品マニアと言うものだ。
シオドアはメソアメリカ文明専門の博物館でまだ”コンドル”の被害を受けていない所が、自宅近くにあることに気がついた。例のメルカトル博物館だ。あそこのセルバ文明の出土品は大統領警護隊文化保護担当部がマークするような重要な物ではなさそうだったが、アステカの綺麗な壺が展示されていた。いかにも泥棒が狙いそうだ。”コンドル”が世間の目を欺くのに都合の良い美術品だ。”コンドル”はセルバ人だと見当をつけたシオドアは、それが”ヴェルデ・シエロ”なのだろうかと気になった。大統領警護隊に所属していなくても政府の裏の仕事をする人間がいる可能性はあった。セルバ共和国政府は文化財をただ取り戻そうとしているのではない、古代の神様の存在を匂わせる物を回収しているのだ。それは神様の存在が現代に繋がっているからだ。回収された美術品はただの石像や壁画ではない。きっとオルガ・グランデの実力者ミカエル・アンゲルスの生命を奪ったネズミの神像の様に、今も生きたパワーを持っている石物なのだ。神様の力が目覚める前に回収して災いを防ぐ。
それが大統領警護隊文化保護担当部の真の役目だ!
シオドアは頭をポカリと殴られた気分になった。ただの盗掘の取り締まりなら、セルバ国家警察や憲兵隊に任せれば済む。”ヴェルデ・ティエラ”、即ち普通の人間でも出来る仕事だ。それを”ヴェルデ・シエロ”自ら先祖が残した物を管理して守っているのは、神像などに残る先祖の力の名残を抑え切れるのが子孫である彼等しかいないからだ。
シオドアは突然不安に襲われた。彼が北米に送還された時、同じ航空機に乗り合わせたカルロ・ステファン大尉と部下は、帰国したのだろうか。
そんな時、エルネスト・ゲイルから久しぶりに電話がかかってきた。メルカトル博物館の土産物屋で買った呪いの笛で人事不省に陥り傷害事件を起こした元助手のデイヴィッド・ジョーンズが退院するので、会ってやってくれと言うのだった。シオドアもジョーンズのことは気にかかっていたので、翌日仕事を休んで基地へ出かけた。勿論シュライプマイヤーが運転する車で行ったのだ。彼1人で基地に出入りすることは警戒されていた。
ジョーンズとは陸軍病院の面会室でワイズマン所長とエルネストと共に面会した。酷くやつれた元助手の姿はシオドアにとって悲しみでしかなかった。ジョーンズは呪いを解く笛のお陰で正気に戻ってから、自身が犯した罪をどうしても思い出せず、鬱状態になっていた。抗鬱剤とセラピーのお陰で精神状態が安定し、3ヶ月間穏やかに過ごせたので、故郷に帰ることになったのだ。結局のところ警察は、彼が狂気に陥った原因を笛に古い麻薬の成分が残っていて、それを吸ってしまったのだろうと結論づけた。
シオドアはジョーンズに新しい生活が良いものとなるように祈っていると言って、励まして別れた。
彼は病院で落ち合ってから別れる迄ワイズマンとエルネストが彼を観察していることを意識していたが、気づかないふりをした。ジョーンズの退院は彼を呼び出す口実だったのかも知れない。
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