シオドアはアリアナの家に戻った。そこからコンビニの店主に電話をかけ、仕事を辞めると告げた。いきなりの退職願だったので店主は怒ったが、シオドアは電話を切った。基地から外へ出るつもりはなかった。監視が付いているのを知っていたし、基地の外では警察がまだ泥棒と黒豹を探しているのだ。
ケツァル少佐はシオドアが研究所に行った時、一緒について来た。誰も彼女の姿が見えなかったらしく、彼とワイズマン所長が所長室で話をしている間もそばにいて、所長がパソコンを触る時はじっくり後ろから眺めていた。シオドアは彼女の存在がいつバレないかと内心冷や汗ものだったのだ。
地下の超能力者隔離区画で警報が鳴った時、ワイズマンはすぐに電話連絡を受けた。セルバ人が目覚めたと言う報告だった。予定より早い目覚めに、ワイズマンはシオドアに同行を求め、2人は一緒に室外に出た。少佐は残り、それっきりシオドアは彼女を見ていなかった。
夜中近くにアリアナ・オズボーンの家に戻った時も、アリアナしか家にいなかった。彼女は夜食にピザを取ってくれた。そして彼は客間のベッドで1人で寝た。
翌朝、まだ日が昇る前に目覚めた。掛け布団が重たくて体を動かせなかったのだ。顔を上げると、布団の上でケツァル少佐が寝ていた。シオドアは布団から静かに体を出して、リビングへ行った。朝食の支度をした。家の中には女性が2人いたがどちらも料理に関して当てにならなかった。
野菜スープを作り、卵とベーコンを焼いて皿に盛りつけたところで少佐が起きてきた。寝起きの少佐はバスルームではなくキッチンで顔を洗った。お金持ちのお嬢様より軍隊の人間の方が彼女の中で割合が大きいのだろう。
「ステファンに会ったかい?」
「ノ。逃走経路の確認をしただけです。」
彼女は皿をダイニングに運んでコーヒーを淹れた。アリアナがやっと起きてきた。彼女は野菜スープだけ口をつけた。彼女のベーコンエッグは少佐が食べてしまった。
「お2人の今日の予定はどうなっていますか?」
と少佐が質問した。シオドアは適当な時刻に研究所に行くと言った。
「ステファン大尉が虐待されていないか監視しないとね。俺達ばかりが監視されるのは割りに合わないし。」
「私は定刻に出勤するわ。」
とアリアナ。すると少佐が彼女に言った。
「退勤は何時ですか?」
「研究の内容によります。今は・・・暇ね。昨日は休んだから前日の研究結果の確認をします。それから明日の準備をするから、夕方迄に帰れます。」
「1600には職場を出られますか?」
アリアナはシオドアを見た。少佐の質問の意図がわからなかった。シオドアは少佐が何か作戦を考えているとしか分からない。黙ってアリアナを見返しただけだった。仕方なくアリアナは答えた。
「必要なら、指示された時間に帰ります。」
すると少佐が立ち上がり、リビングへ行った。直ぐに戻ってきたが、アリアナの個人用ラップトップを持って来た。それをアリアナに見せた。
「1630迄にここへ行って待機して下さい。」
シオドアが覗き込むと、赤い屋根の給食センターだった。少佐は建物の裏口あたりに指を置いていた。シオドアが
「そこに何かあるのか?」
と尋ねても彼女は答えず、アリアナに確認した。
「1630迄に行けますか?」
シオドアが通訳した。
「午後4時半迄に行けるか、と彼女が訊いている。」
「行けます。」
アリアナは決意した。これはステファン大尉を救い出す為に必要なのだ。
少佐は「ブエノ」と呟いて頷いた。
「もし貴女さえよろしければ、パスポートを持って来て下さい。ドクトル、貴方のパスポートは何処にありますか?」
「え?」
シオドアも少佐を見た。パスポート? そして彼は少佐の考えに思い至った。
「セルバへ逃げるのか?」
少佐は即答しなかった。
「最寄りの安全圏に行くだけです。」
それでも敵から逃げられるのであれば、文句はない。シオドアは言った。
「アリアナが仕事に行く時に、俺は一旦基地を出る。ワイズマンに研究所に戻れと言われて、コンビニの仕事を辞めたんだ。アパートを引き払ってくる。監視がついて来るだろうが、俺がパスポートを取りに行っても誰にも分からない。」
彼はアリアナを見た。彼女は生まれたこの基地の外に住んだ経験がない。生まれてから今日迄の全てを捨てて逃げる覚悟があるだろうか。
少佐がアリアナに言った。
「私達と一緒に行く決心がつかなければ、車だけ置いて帰って下さい。車をお返し出来る保証はありませんが。」
「行きます。」
アリアナがキッパリと言った。少佐は頷いた。
「エンジンをかけたままでお願いします。もし私達が1630を過ぎても現れなければ、家にお帰り下さい。待っていては、貴女が危険です。」
アリアナが硬い表情で頷いた。
「わかりました。でも・・・必ず無事に戻って来て下さい。お願い。」
1 件のコメント:
布団の上に少佐が寝ていて、寝返りを打てなくてシオドアが目を覚ます。
猫を飼ったことがある人なら、理解できると思う(笑
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