2021/07/15

異郷の空 28

  通路の出口が見えて来た。シオドアがホッとして力を抜きかけると、ステファン大尉が彼の肩を掴んで引き留めた。無言で「待機」と合図をして、1人で扉の前迄行った。シオドアは不安になってケツァル少佐を振り返った。彼女がジャンパーのフードを目深に引っ張った。彼等は3人共武器を持っていなかった。ステファン大尉が警備兵から服と靴を奪った時、少佐は武器を奪うことを承知しなかったのだ。
 扉の向こうの気配を推測ってから、ステファン大尉はゆっくりと扉を開いた。シオドアは扉の向こう側は給食センターの厨房だと想像していたが、違った。倉庫の様な場所で、宅配用の車やバイクが駐車していた。積み出し場所だった。しかし、積み込みをするドライバーはおらず、代わりに銃口をこちらへ向けて横一列に並んだ兵士と、その後ろに立つホープ将軍だけが10メートルばかり向こうにいた。

「よくこの通路を見つけたな。」

とホープ将軍が言った。

「尤も、研究所の設計図にアクセスしたログが残っていたから、ここへ来るだろうと言う見当はついていた。”コンドル”を連れて逃げる気か?」

 するとシオドアの後ろから横並びに出てきたケツァル少佐が将軍の言葉に返した。

「流石に将軍ですね、一少佐の考えなどお見通しだった訳だ。」

 将軍が目を細めて彼女を見た。彼女は想定外の人物だった様だ。

「何者だ?」

 少佐はフードを被ったまま、顔を上げて相手の目を見た。

「貴方の遺伝子から作られた息子を誘惑した者です。」

 シオドアは反射的に彼女を見た。将軍が俺のオリジナル? こんな嫌なオヤジが? だが、過去の彼自身の嫌な性格を思えば納得出来るかも知れない。将軍が愛情ではないが彼を昔からいつも妙に気にかけていたことも納得出来る。

「確かに、シオドア・ハーストは私が作った。」

とホープ将軍が断言した。

「だが息子とは呼ばない。90パーセントは他人だからな。彼は私の作品なのだ。お前達の様な外国人に渡す訳にはいかない。」

 彼は右腕を横へ上げた。

「逃がしはせん。ここで殺す。」

 シオドアは思わず横に立っているケツァル少佐の手を握ってしまった。 将軍が腕を下ろして叫ぶと同時に少佐も叫んだ。

「撃て!」
「狙え!」

 兵士達が一斉に向きを変えて将軍に銃口を向けた。
 ホープ将軍は何が起きたのか、一瞬理解不能に陥った。

「お前達、何をしている?!」

 少佐がはっきりと兵士達に言った。

「その男が少しでも足を動かしたり、あるいは一言でも言葉を発したら、即刻撃て。」

 将軍が息を呑んだ。シオドアは彼を助けたいと思わなかったが、人を死なせるのは嫌だったので忠告した。

「貴方が欲しがっていた超能力をプレゼンしてやってるんだよ。そこで黙って立ってろ。時間が経てば彼女の呪縛から連中は解放される。 其れ迄は、絶対に動くな。声を出すな。本当に死ぬぞ。」
「1時間だ。」

と少佐が軍人の口調で宣言した。

「1時間経てば兵士達は元に戻る。但し現在の記憶は残らない。お前が何を言っても彼等は全員お前の言葉を否定する。」

 彼女はシオドアとステファン大尉に進めと合図した。シオドアは歩きかけて、彼女の手を握っていることに気がついた。慌てて手を離した。物凄く照れ臭く、胸の動悸が激しくなった。少佐と大尉は彼の様子を気に留めずに、給食センターの建物から出た。
 まだ午後4時を少し過ぎたばかりだったが、アリアナ・オズボーンの車がエンジンをかけたまま停まっていた。運転席にいた彼女が3人を見つけ、車の窓から手を振った。シオドアは彼女を監視している車が通りの向こうにいるのに気がついた。少佐、と声をかけたが、少佐は無視した。 アリアナの車の後部席にセルバ人2人が乗り込み、シオドアはアリアナの隣に座った。

「何処へ行けば良いの?」

 アリアナが尋ねた。少佐がシオドアに言った。

「私を拾った場所へ彼女を誘導してあげて下さい。」

 シルヴァークリークの映画館前だ。シオドアはわかったと頷き、アリアナに基地から出て高速道路の入り口迄走れと指図した。アリアナが車を発進させると、当然ながら監視の車が尾行を始めた。

「尾行がついて来るぞ、少佐。」
「放っておきなさい。」

 少佐は面倒臭そうに呟いて、ステファン大尉の肩にもたれかかり、目を閉じた。大尉がシオドアに囁いた。

「電池切れです。」
「寝たのか?」
「スィ。彼女の睡眠を妨害すると恐ろしい目に遭います。目的地に到着する迄起こさない方が賢明です。」

 そして彼はシオドアに依頼した。

「もし尾行者が妨害を仕掛けて来たら、貴方が指揮して下さい。」
「俺が?」
「私はここの地理に詳しくありません。貴方の指図通りに動きます。戦闘は私がしますから、戦術は貴方にお願いします。」
「そう言われても・・・」

 シオドアはドアミラーに映る尾行車のライトを見た。恐らく尾行している要員は研究所かホープ将軍のオフィスにでも連絡を入れるだろうが、どちらも現在は混乱の極みだ。仕掛けてくる可能性は低いと思われた。

「今はただ逃げよう。アリアナ、高速道路は北行きへ入るんだ。間違えるなよ。」


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