2021/07/15

異郷の空 29

  シルヴァークリークの町に入った。雪がチラついている。シオドアがケツァル少佐と落ち合った映画館ラシュモアシアター前でアリアナの車は停まった。着いたよ、とシオドアが声を掛けると、うたた寝をしていたステファン大尉が目を開いた。少佐はまだ寝ている。しかしこの”部隊”の隊長は彼女だ。大尉は意を決して上官を揺すった。

「現着です、少佐。」

 少佐が重たい瞼を開けた。

「もう?」
「映画館の前だよ。」

とシオドアも言った。

「ここから何処へ行くのか指図してくれ。アリアナも長時間の運転で疲れている。全員空腹なんじゃないかな?」

 少佐がうーんと伸びをした。それから窓の外を見て、雪に気がついた。

「マズイ・・・」
「雪が?」
「スィ。足跡が残ります。」

 つまり、「消える」ことが出来ないのだ。シオドアは気がついた。”ヴェルデ・シエロ”の超能力は相手の脳に錯覚や偽情報を植え付けるのがメインで、物体に作用を与えることが少ない。物体を破壊するのは瞬間的なパワーで、長時間何かを持続させることは無理らしい。自分の姿を「消す」のは透明になるのではなく、相手に「見えない」と思い込ませているのだ。だから、「見えない」筈なのに足跡の様な物質的な証拠が残ることは、彼等にとって都合が悪いのだ。しかし、目の前で降っている雪はまだ少なく、積もる心配はなさそうだった。
 シオドアは映画館のそばのハンバーガーショップを見た。ポケットを探ると何もなかった。仕方なくアリアナに声を掛けた。

「アリアナ、財布を持っているか?」
「ええ・・・」

 でも、と彼女が申し訳なさそうに言った。

「カードしか入っていないわ。使用したら、私達の位置がバレるんじゃない?」
 
 シオドアは尾行車を探して周囲を見回した。駐車場の出口付近に停まっている車がそれらしかった。

「俺達の居場所はもう通報されているよ。一緒にハンバーガーを買いに行こう。」
「私達も行きます。」

と少佐が既に車外に出ながら言った。結局4人全員で店に入った。奇妙な取り合わせの4人組だ。オフィスワーカーらしい服装にコートを着た白人女性、やはりオフィスワーカーの服装をしているがコートは着ていない白人男性、薄く黒いTシャツに赤いフード付きのジャンパーを着た先住民女性に、兵隊の様な制服を着たヒスパニック系の男性。その4人がぴったりくっつき合う様にカウンターの前に立って、それぞれ好みのハンバーガーとコーヒーとポテトを注文した。窓から遠く裏口に近いテーブルに陣取って、座るなり一斉に食べ始めた。食事の時は少佐のジャンパーのフードは後ろへ下ろされていた。それでシオドアは尋ねた。

「ずっとフードを被っていたけど、力の効果を高める為かい?」

 すると少佐がキョトンとした表情で彼を見た。

「ノ、寒いからですよ。他に理由はありません。」
「でも、薄着だわ。」

とアリアナが心配そうに言った。

「私のコートを貸しましょうか?」
「大丈夫です。 グラシャス。」

 軍人は食べるのが早い。少佐が自分の食べ物を早々に平らげてしまったので、シオドアは自身のポテトを彼女に分けてやった。さもないと、彼女は部下のポテトを狙う恐れがあった。ステファン大尉は最近ハンバーガーばっかりだなぁと言いたげに食べていたが、コメントはしなかった。アリアナが尋ねた。

「次は何処へ行くの?」

 シオドアは少佐を見た。ステファン大尉も少佐を見た。”隊長”は指に付着した脂を紙ナプキンで拭ってから、立ち上がった。

「ここから約5キロメートル、凡そ3マイルのところに古い教会があります。そこへ行きましょう。」

 彼等は店を出て再び車に乗り込んだ。アリアナがエンジンを掛けて車を発進させると、尾行車もライトを点灯した。彼女は気がついて不安になった。

「教会に何があるの? 尾行されているけど、逃げ切れるの?」
「大丈夫さ。」

とシオドアは根拠なく言った。彼女を励ます為だ。それから後ろを振り返って少佐に尋ねた。

「”入り口”があるのかい?」
「スィ。」

 少佐は隣の部下を見た。

「一番近いセルバへ行きます。」
 
 一瞬ステファン大尉がキョトンとした。それから意味を理解した。了解しました、と彼はスペイン語で呟いた。


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