2021/07/27

博物館  17

  シオドアはデネロス少尉が大統領警護隊文化保護担当部に配属されてまだ1年経つか経たないかと言うことを思い出した。時期的に考えると、彼がバス事故に遭った時期より2、3ヶ月早かった。あの当時、ケツァル少佐は、盗掘美術品を密売している女性犯罪者ロザナ・ロハスを追跡中だった。ロホは悪霊祓いが得意だから、ロハスが盗んだネズミの神像を追いかける任務に欠かせない相棒として少佐と行動を共にしていたのだろう。アスルとステファンはきっと交代で運転手をしたり、発掘隊の警護に就いたりしていたのだ。だから彼等は文化・教育省のオフィスを殆ど留守にしていたのだ。全員が出動している日に、デネロスは初出勤したのだ。

「書類だらけの机を前にして突っ立っていたら、隣の部署の人が『少佐から電話だよ』って言ったんです。それで出たら、挨拶なしでいきなり『机の上の書類のデータをパソコンに入力しておきなさい』って命令されて、お終い。」

 アリアナが唖然とした。シオドアは少佐らしいと思った。デネロスはアリアナの表情がおかしかったのか、笑い出すのを抑えながら続けた。

「M・デネロスって名札が置いてある机があって、私の机なんだ! って嬉しかったです。ちゃんとパソコンのパスワードもファイルの名前もデータの入れ方も説明が置いてあって、感激でした。簡単な仕事だったので、ちゃっちゃと片付けて、時間が余ったので他の人の机の書類も片付けちゃいました。」
「他人の書類を勝手に入力して大丈夫だったの?」
「スィ、全然問題なかったのです。1800にまた少佐から電話がかかってきて、定刻だから帰りなさいって。だから、マルティネスさんとステファンさんの書類もデータ入力しておきましたって報告したら、電話の向こうで笑って『今から張り切ると、後で皆んなから当てにされて大変な目に遭うから、適当に手を抜きなさい』って仰って。」
「きっと少佐も同じ経験をしたのよ。」
「そうだと思います。本物の少佐と対面出来たのは、それから2週間後でした。私が定刻に出勤したら、その日は全員席にいて、仕事しながら自己紹介してくれました。」
「彼等はどんな印象だった? 優しい先輩かい?」
「全然・・・厳しかったですよ。暫くはパシリでしたもん。省庁内で書類配達ばっかりだったし、外出の時は運転手だったし、野外訓練で扱かれるし・・・カルロは髭生やしてるから恐い顔に見えたし、ロホは優等生なので他の人も出来て当たり前だって思ってるし、アスルなんてそれ迄一番下っ端だったものだから、子分が出来たって大喜びで。」
「だけど、彼はオクターリャの英雄だろ?」

 アリアナがシオドアを振り返った。

「何のこと?」

 しまった、あれは言って良いことなのか、悪いことなのか? シオドアが迷っていると、デネロスが上手に説明した。

「アスルは12歳の時に伝染病で苦しむ村に薬を届けて救ったんです。」
「へぇ! 凄いわね! お料理も上手よね、彼・・・」
「そうなんですか?」
「美味しい朝ご飯を作ってくれたわよ。」
「へぇ・・・私も今度作ってもらおう。」

 デネロスは時計を見て立ち上がった。

「そろそろオフィスに帰りますね。遅くなると叱られますから。」
「私達が引き留めたのだから言い訳に使ってくれて結構よ。」

 アリアナも立ち上がり、彼女を優しく抱き締めた。シオドアも握手した。多分ハグしてもデネロスは拒まないだろうが、キャンパスの何処に純血至上主義者がいるかわからない。ステファン暗殺未遂事件が解決する迄は安心出来ないと彼は思っていた。デネロスが白人男性と親しくしている姿をあまり見せない方が良いだろう。
 デネロスが去って行くと、アリアナがシオドアを振り返った。

「密売ルートの捜査って危険なの?」

 ステファン大尉のことが心配なのだろう。シオドアはわからないと正直に答えた。

「学生達にそれとなく話を聞いたことがあるんだが、マフィアみたいな組織らしい。多分、麻薬シンジケートの副業なんじゃないかな。」



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