「イェンテ・グラダで見つけられた3人の子供は幼過ぎて酒を飲まなかったのだ。だから生きていた。2歳の男の子、1歳の女の子、そして4歳になる男の子だった。我々は彼等をグラダ・シティに連れ帰り、ブーカ族の長老会に託した。グラダの血の濃い子供達の養育を任せられるのはブーカ族ぐらいなものだったから。子供は、2歳の男の子がシュカワラスキ・マナ、4歳の男の子がニシト・メナク、そして女の子がウナガン・ケツァルと言った。」
シオドアは思わずケツァル少佐を見た。少佐は無表情だった。彼は再びムリリョを見た。
「少佐の本当のお母さんはイェンテ・グラダの生き残りだったのですか?!」
「そうだ。半分だけのグラダだった。ニシト・メナクも半分だけのグラダだった。しかしシュカワラスキ・マナは違った。あれは純血種だった。」
え? と驚いたのはシオドアだけではなかった。少佐も目を見開いてムリリョを見つめた。
「イェンテ・グラダの試みは成果を挙げていたのだ。彼等は念願の純血種を生み出していた。だがタバコの毒で堕落した彼等に純血種の教育は不可能だったであろう。シュカワラスキ・マナを託されたブーカの長老達もその教育に手こずったのだ。誰も純血種のグラダの能力を実際に目の当たりにしたことがなかったのだからな。長老達は彼を古代に絶えた大神官に仕立て上げようと悪戦苦闘したのだ。ママコナもマナの心に絶えず語りかけ、”ヴェルデ・シエロ”としての心得と義務を説いた。正しい能力の使い方を教えようと努力した。マナの力は強大で、成長するに従って誰の手にも負えなくなっていった。マナが暴走しなかったのは、彼の性質が穏やかだったからだ。そして兄妹の様に育ったウナガンとメナクの存在もあった。彼等は仲が良かった。マナは年頃になるとウナガンを妻にと望んだ。大人達も彼等が結婚するべきものと考えた。」
そこでムリリョが口を閉じた。長い話なので疲れた様だ。シオドアは飲み物を持って来るべきだったと悔やんだ。
「外の屋台で何か飲む物を買って来ようか?」
と少佐に声を掛けた。少佐が一瞬期待の目でムリリョを見た。彼女も喉が乾いたのだろう。ムリリョが話を中断するのを嫌がりはしないかと心配もあったが、誰からも異論が出なかったので、シオドアは立ち上がった。
礼拝堂から出ると晩課は終わっていた。暗い聖堂内を歩き、外に出ると屋台村はまだ賑やかで、彼は瓶入りのジュースを購入した。出来るだけ短い時間で買い物を済ませ、礼拝堂に戻ると、ちょっと雰囲気が重たくなっていた。ムリリョが彼の留守の間に話を進めたのかと思ったが、そうではなかった。ケツァル少佐がシオドアを見るなり告げた。
「カルロが病院にいません。」
シオドアはジュースの瓶を落としそうになり、慌てて椅子の上に置いた。
「いない?」
「様子を見ようと心を飛ばしたら、廊下にいなかったのです。病院内に彼の気配がありませんでした。」
「何処にいるのか、わからないのか?」
するとムリリョが意外な冗談を言った。
「あの男にGPSなど付いておらん。」
シオドアは彼にジュースの瓶を渡した。少佐にも渡しながら励まそうと試みた。
「食事に出たんじゃないのか? 護衛に病院食は出ないだろう?」
「それなら、私に断って・・・」
言いかけて、ケツァル少佐は「しまった」と拳で椅子の座面を打った。
「食事に出ようとして私に声を掛け、私の不在に気がついたのです。」
はっとムリリョが短く笑ってシオドアを驚かせた。
「手抜かりだったな、ケツァル。ベッドで寝ていたのが枕だと気がついて、お前を探しに病院から出てしまったのだ。」
「探せないのか?」
「無理です。」
と少佐。己の失敗を悔やんでいるので不機嫌だ。
「元いた場所から移動されたら、彼が気を放つ迄私には彼の居場所がわかりません。タバコキャンデーを食べているので、彼は気を抑えているでしょう。」
「案ずる必要はない。」
とムリリョがぶっきらぼうに言い放ち、瓶の栓を祭壇の角で抜いた。カトリックの信者だったら不敬になるだろう。老人は構わずにジュースを一口飲んだ。
「子供ではないのだ。お前が今心を飛ばした気を感じて、そのうちここへ辿り着く。グラダであれば出来る。例え半分だけでもな。」
ムリリョはカルロ・ステファンの存在を認めている。”出来損ない”と貶しながらも能力を認めている。シオドアは今迄この長老を誤解していたことを痛感した。ステファンの命を狙っているのは”砂の民”ではないのだ。
シオドアが椅子に座ってジュースを飲むのを待ってから、ムリリョは「何処まで語ったかな」と呟いた。シオドアは答えた。
「シュカワラスキ・マナとウナガン・ケツァル、それとニシト・メナクが大人になったところまでです。」
ムリリョは頷き、続きを語り始めた。
「長老達はマナを大神官にしようと教育に熱を注ぎ、ウナガンには彼の子を産むよう働き掛けた。この2人に注意を注ぐことに力を入れ、3人目がいることを忘れていたのだ。」
「ニシト・メナク?」
「そうだ。メナクはブーカの長老の一人に家族として大事に育てられたが、グラダの教育を受けることはなかった。育て親は彼を普通のブーカ族として扱った。しかし、イェンテ・グラダ村で保護された時、メナクは4歳だった。3人の中で最年長だった彼は、親が殺されるところを目撃していた。」
シオドアは背筋が寒くなるのを感じた。
「メナクは4歳の時に故郷で目撃した惨劇を記憶していたのですね?」
「そうだ。そしてそれを覚えていることを誰にも語らずに成長した。だが成年式でナワルを披露した後で、彼はシュカワラスキ・マナとウナガン・ケツァルに自分達の出生の秘密と親達が一族から受けた仕打ちを教えたのだ。」
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