「世間で”ボラーチョ”村と呼ばれていた村の本当の名前はイェンテ・グラダと言った。」
ムリリョの言葉にケツァル少佐が怪訝な顔をした。シオドアが意味を尋ねると、彼女は言った。
「甦れグラダ と言う意味です。」
「もしや、グラダ系の人々が暮らす村だったのですか?」
ムリリョが珍しくシオドアの言葉に頷いた。
「グラダの血が濃いブーカ系の者達が集まって暮らしていた。勿論”ヴェルデ・ティエラ”や白人や黒人の血は入っていない”ヴェルデ・シエロ”だけの村だった。閉鎖的で、他の部族の血が新たに入ることを拒み、婚姻も村の中だけで行った。」
「近親婚を繰り返してグラダの血の割合を増やしていったんですね?」
シオドアは彼自身が生み出された研究所を思い出して嫌な気分になった。ボラーチョ村ことイェンテ・グラダ村の住民達はグラダ族が支配した古代のセルバを再現させようとしていたのだろうか。
純血至上主義者と言われるムリリョが、暫く言葉を選んでいる様子で黙り込んだ。だからシオドアはケツァル少佐に小声で尋ねた。
「カルロのお祖父さんはそんなにグラダの血が濃い人だったのだろうか?」
少佐は首を傾げた。
「カルロのお母さんは”心話”しか出来ないと彼が言っていました。もしお祖父さんのグラダの血が濃ければ、気の制御が必要でしたでしょうし、娘の能力もそれなりにある筈です。出稼ぎに行った鉱山で正体がバレなかったのですから、お祖父さんの力は弱かったのか、或いはその反対で、気の制御がとても上手で、娘の能力を封じ込めることが出来たのかも知れません。」
「力を封じ込める?」
「赤ん坊の時に子供の気を封じ込めてしまうのです。」
「封じ込まれたら、どうなるんだ?」
「その辺にいるメスティーソの”ヴェルデ・シエロ”並の”心話”しか使えない人になります。」
「一生?」
「それは封じた人の技量によります。とても難しい技で、失敗すると子供を廃人にしてしまいます。」
ふと少佐がステファン家のもう一つの話を思い出した。
「カルロは姉が2人いたと言ったことがあります。 彼が生まれる前にどちらも生まれてすぐ亡くなってしまったと言っていました。」
「まさか、彼のお祖父さんは娘の力を封じて、孫にも同じことをした? だが失敗して2人立て続けに亡くしてしまい、3人目の孫であるカルロには何もしなかった?」
「カルロには妹がいます。彼女は”心話”しか出来ないと言っていました。」
「4人目は成功した・・・もしかすると女の子だけを封じたのかも知れない。理由はわからないが・・・」
するとムリリョが言った。
「女の子は制しやすい。だから敵に奪われぬよう能力を隠したのだ。普通の人の子供だと思わせて連れて行かれないように予防線を張ったのだろう。」
「どう言う意味です?」
しかしムリリョは話を元に戻してしまった。
「イェンテ・グラダ村の住民達のグラダの血は世代を重ねる毎に濃くなっていった。彼等はもう一つの血統であるブーカの血が濃い子供達を村の外へ捨てていった。だから、今セルバにいる遠い祖先にグラダを持つ人々の中には、イェンテ・グラダから捨てられた者の子孫がいるのだ。彼等はイェンテ・グラダ村のことを知らぬ。村の名前も聞いたことがない。ブーカや他の部族に拾われてそこの子供として育った。」
「俺にはイェンテ・グラダ村が何か異様な場所の様に聞こえます。」
シオドアの感想に驚いたことにムリリョが同意した。
「左様、あの村は異常な程純血種を作ることに拘った。しかし、彼等は重大な問題を見逃していた。どんなに純血に近づこうと、彼等は所詮”出来損ない”だったのだ。」
少佐が呟いた。
「気の制御が出来なかった・・・」
「そうだ。周辺の”ヴェルデ・ティエラ”達に正体を気づかれては困る。完全なグラダでないうちは、彼等は神と崇められた先祖達と同じではないのだ。彼等は自身を守る為に、タバコを乱用した。気を鎮める為に吸うだけでなく、食って飲んだ。」
「死ぬほど不味いんだろ?」
少佐がこっちを見たので、シオドアは説明した。
「君が入院している病院の売店でキャンデーを売ってるってさ。」
「キャンデー程度なら害はありません。」
シオドアのチャチャ入れにムリリョが不機嫌にならぬよう、少佐が急いで言った。
「タバコの乱用で彼等は酔っ払った状態になり、ボラーチョ村と呼ばれるようになったのですね?」
「そうだ。」
そこでムリリョは大きく息をした。何か勇気が要る告白をする様だ。
「ボラーチョ村の噂はグラダ・シティにも流れてきた。イェンテ・グラダ村で行われていた異様な純血回帰が初めて我々の知ることとなったのだ。」
「ええ? それじゃ、それまで誰もボラーチョ村のことを知らなかったんですか?」
「村全体が”幻視”で姿を消していたからな。だが酔っ払ってそれが出来なくなった。」
ムリリョが床を見た。
「ブーカ、オクターリャ、サスコシ、マスケゴ、カイナ、グワマナの長老達が集まった。存在しないと信じられていたグラダの血が復活しようとしていた。純血のグラダなら問題はない。理性を持つ混血なら問題はない。だが、イェンテ・グラダは村全体が狂気に包まれていた。放置すればオクタカス周辺の”ヴェルデ・ティエラ”達に危害が及ぶ。我々の存在が国外にまで知られてしまう。我々の存在意義はこのセルバと言う小さな国を守ることだ。我々はここでしか生きられない。我々の存在を受け入れてくれてきた”ヴェルデ・ティエラ”を暴走する”出来損ない”から守らねばならぬ。長老会は”砂の民”に総動員を掛けた。イェンテ・グラダを殲滅し、この世から完璧に抹消せよと。」
シオドアは寒気を覚えた。一夜にして消えた住民達は殺されてしまったのか。
「”ヴェルデ・シエロ”は力を人の殺害に使ってはならないと聞きましたが・・・」
「勿論だ。」
ムリリョは遠くを見る目つきをした。
「我々は満月を待って、彼等の月読みの酒に毒を入れた。」
少佐がまた教えてくれた。
「月例の祭祀です。農耕の為に一月の天候を占うのです。今でも農村部の古い家庭に残っていますが、都市部では廃れてしまっています。」
「その祭礼に使う酒に毒を盛ったのか・・・」
「遅効性の毒でな・・・」
とムリリョが囁く様に言った。
「即効性では却って何かが起きていると彼等に知られてしまう。だからゆっくりと彼等の脳を死へと向かわせた。苦しみはなかった筈だ。死にきれなかった者は刀で始末した。死体は夜明け迄に全て村から運び出し、森の奥深くに埋葬した。」
「カルロ・ステファンのお祖父さんは出稼ぎに出ていて、難を免れたのか・・・」
「出稼ぎに出た者はまともな精神状態だった。だから見逃した。恐らく2人か3人だけだった筈だ。」
「まさか、その時の生き残りの子孫を全員殺そうと思うヤツがいるって言うんじゃないでしょうね?」
ムリリョが首を振った。
「まだ話は終わっておらぬ。我々は死に絶えたイェンテ・グラダの村で、3人の子供を見つけたのだ。」
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