2021/07/20

聖夜 10

  セルバ共和国駐米大使私邸で開かれた私的な晩餐会は、とても和やかで平和的なものだった。シオドアは大使とロペス移民審査官とスポーツの話を楽しんだ。ロペスはサッカー好きの中米人にしては珍しくバスケットボールが好きで、NBAの試合の話題ではシオドアも彼と贔屓のチームや選手など共通の話題を語り合えた。大使もセルバ人で唯一人選手として活躍している若者を応援しているのだと話に参加した。
 アリアナはケツァル少佐とファッションの話をした。ミゲール大使の妻はヨーロッパで活躍する宝飾デザイナーだったので、食事が終わると少佐が彼女をリビングへ連れて行き、飾られている石やカタログを見せた。綺麗な輝きを見せる宝石にアリアナは魅了された。研究所の女性達とこんな話をしたことがなかった。せいぜい服やお菓子の話題ばかりだった。

「セルバではどんな宝石が採れるのですか?」
「主にクウォーツ系です。オパールやアメジストが多いです。レインボーガーネットが採れたら儲けものですが、まだ発見されていません。」
「メキシコの幻の宝石ですね!」
「それから生物系の真珠やコーラルもあります。」

 少佐は可笑しそうに言った。

「どうして母はコーヒー農園主と結婚したのでしょう。鉱山主と結婚すればもっと材料がたくさん手に入ったのに。」
「コーヒーがお好きなんじゃないですか?」

 アリアナはガラスケースに入っている宝石で作られたコーヒーの木を見た。小さな物だが、綺麗で可愛らしかった。どれほどの価値があるのか見当がつかない。ミゲール夫人(スペイン人は夫婦別姓だが、大使の妻は偶然夫と同じ姓だった)が夫の誕生日プレゼントに贈ったものだと言う。

「貴女はどの宝石がお好きですか?」

と少佐に質問してみると、意外にも少佐は首を振った。

「私は宝石は好きでないのです。子供の頃は工房に近づくことさえ許されませんでした。母は私が石をキャンデーと間違えて飲み込むのを恐れたのです。」
「わかります。」

 アリアナは思わず微笑んだ。ケツァル少佐の食欲を思い出したのだ。少佐が肩をすくめた。

「私は母が忙しくて遊んでくれないのは宝石のせいだと決めつけて、石が嫌いになったのです。大人になった現在は、宝石を見ると遺跡に飾られている仮面や壁画を連想します。休日に仕事を思い出させる物は嫌ですね。」
「私も、コイルやバネを見るとDNAの螺旋構造を思い出してしまいます。」

 2人は顔を見合わせて笑った。
 リビングのドアをノックして、ロペス移民審査官が顔を出した。

「私はお暇する。明日は午前10時に博士達を大使館へ寄越して欲しい。」

とケツァル少佐に言った。少佐が頷いた。

「承知しました。私のパスポートも明日の午前中に出来上がる筈です。一緒にセルバ行きの航空機に乗りましょう。」
「わかった。おやすみ。」

 審査官は少佐とアリアナに会釈して姿を消した。彼が体の向きを変えた時に、胸の緑の鳥の徽章がキラリと光ったので、アリアナは少佐に尋ねた。

「あの人も大統領警護隊なのですか?」
「スィ。事務方です。私の文化保護担当部も事務方ですが、現場で活動することが多いので、戦闘訓練は欠かせません。ロペス少佐はそんな必要がない職場なので、恐らくこの数年はライフルを撃ったことがないでしょうね。」

 


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