2021/07/27

礼拝堂  2

  まるで戦争映画を見ている様だが、これは現実に起きている出来事だ。映画と違うところは、否、映画と同じと言うべきか? 味方に死傷者が一人も出ていないことだ。政府側の武装軍団は元気よく前進を続けて行く。突撃しないのは、守護神である大統領警護隊の守備範囲から出てしまわないよう心がけているからだ。敵陣から絶え間なく飛んで来る砲弾や銃弾を落としながら前進するロス・パハロス・ヴェルデス達の消耗は激しいだろう、とシオドアは案じた。しかしロハス側に逃げ道は残されていない。屋敷が建っている丘の周囲は政府側が取り囲んでしまっている。テレビの実況リポーターが気になることを言った。

ーー中庭に何かあります。 ヘリコプターの様です。

 ロハス側が再び激しい反撃を始めた。備蓄の弾丸も火薬も全部使ってしまえと言うみたいに撃ってきた。政府側も負けじと撃ち返し、土埃と火薬の白煙で画面が不鮮明だ。その時、テレビカメラが大きく揺れた。リポーターが叫んだ。

ーーこちら側で負傷者が出た模様です!

 カメラが動揺している兵士の一団を映し出した。整然と統制が取れていた筈の部隊が混乱していた。その兵士の中から、背の高い男が負傷者を抱き抱えて走り出してきた。すぐに後方部隊から衛生兵達が駆け寄った。更に数人が仲間に支えられたり、担がれたりして後方へ運ばれた。
 シオドアは不安に襲われた。あの部隊のロス・パハロス・ヴェルデスは疲れたのか?
 テレビリポーターが突然大声を上げた。

ーー一人、敵陣に向かって走って行きます! 無謀だ! 戻って来い!!

 シオドアはオーロラビジョンの中でもう一人の兵士も続けて走るのを見た。ロビーの学生達が大騒ぎを始めた。スクリーンに向かって、「戻って来い!」と叫んだり、「やっつけてしまえ!」と怒鳴ったり、口々に騒ぎ出した。
 政府側は射撃を中断してしまった。味方が2人要塞に向かって走って行く。今撃てば彼等に当たってしまう。シオドアが唖然として見つめていると、アリアナが呟いた。

「カルロよ・・・あれはカルロだわ・・・」

 え? とシオドアは彼女を振り返った。アリアナが両手を祈る形に握りしめてスクリーンを見つめていた。彼はもう一度オーロラビジョンを見た。敵陣に突入する2人の姿はもう小さくなっていた。
 リポーターの声が聞こえた。

ーー今、情報が入ってきました。負傷者の一人は大統領警護隊の将校です。

 大統領警護隊には将校しかいないだろう! シオドアは情報の少なさにもどかしさを感じた。雨霰と降り注ぐ銃弾を物ともせずに突進して行った先刻の2人も大統領警護隊に違いない。仲間を撃たれて頭に来たのだ。彼はもう一度アリアナを見た。まさか、本当に、あれはカルロ・ステファンだったのか?
 突然、オーロラビジョンから大音響が響いた。学生達が腰を抜かし、画面の中も真っ白になった。まるでスクリーンが爆発したみたいな感じだった。一瞬画面が砂嵐状態になり、音声が途絶えた。
 フィデル・ケサダ教授が立ち上がった。

「だから、半分だけのグラダを怒らせるんじゃない。」

 彼は呟いて、潰れたカップをゴミ箱に放り込み、学生達を掻き分けて去って行った。
 オーロラビジョンが、と言うよりも中継しているテレビカメラが生き返った。政府側の兵士達が土埃まみれになりながら銃を構え、前進を再開していた。要塞の壁が崩壊していた。こちらから大砲を何発も一斉に撃ち込んだみたいだ。女性の悲鳴が聞こえてきた。政府側の軍服を着た男が2人、女性を一人引きずりながら崩落した建物の瓦礫の中から姿を現した。バリバリと空電の音がしてから、リポーターの音声が生き返った。

ーー失礼しました。ロハスの要塞が吹き飛んじゃいまして・・・今、ロハスが逮捕された模様です。生きてますね。運の良い女だ、ロス・パハロス・ヴェルデスに捕まって・・・

 女を引きずって来た2人の兵士は彼女を到着した味方に引き渡すと、兵士の群れの中に姿を消した。

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     20

  間も無く救急隊員が3名階段を昇ってきた。1人は医療キットを持ち、2人は折り畳みストレッチャーを運んでいた。医療キットを持つ隊員が倒れているディエゴ・トーレスを見た。 「貧血ですか?」 「そう見えますか?」 「失血が多くて出血性ショックを起こしている様に見えます。」 「彼は怪我...