ロザナ・ロハスが逮捕されたことを祝うつもりで、翌日シオドアは文化・教育省に電話をかけた。電話に出たのはマハルダ・デネロス少尉で、シオドアが祝福の言葉を告げると、彼女は短く「グラシャス」とだけ言った。そしてすぐにロホと交替した。なんだかいつもと違うな、と思っていると、電話口に出たロホが祝福の礼を述べてから、こう言った。
ーーもしお時間があれば、セルバ国防省病院へ行って頂けませんか?
「病院?」
するとロホは声を潜めて囁いた。
ーー昨日、少佐が撃たれました。
え? と驚くしかなかった。オーロラビジョンの映像が頭に蘇った。負傷した仲間を抱き抱えて走っていた背が高い兵士。あれはもしや?
「もしかして、君は撃たれた少佐を抱き抱えて走ってた?」
ーースィ。
「彼女の容態は?」
するとロホは大丈夫ですと断言した。
ーーすぐに治療を受けられて、一晩お休みになり、今朝は既に電話で業務の指示をされました。
流石に”ヴェルデ・シエロ”だ。シオドアはホッとした。ロホが話を続けた。
ーー私もお見舞いに行きたいのですが、今オフィスにデネロスと2人きりなので離れることが出来ません。ロハス捕縛の報告と書類整理で手が空かないのです。
「アスルとステファンは?」
ーー2人も病院にいます。ステファンは少佐の護衛で、アスルは脚を負傷して治療中です。
「アスルも撃たれたのか?」
ーーそれは・・・ちょっと事情がありまして・・・
電話では言いたくないのだろう。ロホが珍しく言葉を濁した。シオドアは「わかった」と言った。
「午後の授業を早めに切り上げて病院に行く。アリアナも連れて行って良いかな? 仲間外れにされると直ぐ拗ねるから。」
するとやっとロホの声が明るくなった。
ーー大丈夫です。アスルを見舞ってやって下さい。アイツはドクトラが好きなんです。
あの無愛想なアスルがアリアナを気に入っているって? シオドアは可笑しく感じた。アスルは絶対に彼女の前でそんな素振りを見せない。「好き」と言っても恋愛感情ではないのだろう、と思った。
アリアナに電話で病院行きを誘うと、彼女はちょっと迷った。研究が忙しいのかと思ったら、国防省病院は遺伝病とあまり関係がないので馴染みがないと言った。
「病院見学じゃない、見舞いだ。」
ーー誰が入院しているの?
「ケツァル少佐とアスルだよ。」
ーーそれを先に言ってよ!
運転手のシャベス軍曹に迎えに来てもらい、セルバ国防省病院に行った。途中、アリアナは軍曹に頼んで菓子店で寄り道をした。
「普通はお見舞いにお花かなと思ったけど、植物のアレルギーの患者もいるから、お菓子にしたわ。怪我だから、食事制限はないのよね?」
病院の駐車場に車と運転手を残して、シオドアとアリアナは受付に向かった。国防省病院は古い外観の建物だったが、中は清潔で綺麗だった。受付で身体検査があった。武器や爆発物を持ち込まれない為の用心だ。それから面会する患者の名前と見舞客の名前をリストに書かされた。I Dで本人確認されて、やっと中に入れた。
「セルバ人の名前って、Qで始まる人が多いわね。」
とアリアナが感想を述べた。
「ケツァル少佐はQで始まるし、アスルの本名はQ・Qよ。昨日、オーロラビジョンを一緒に見ていたケサダ教授もQよね。」
「スペイン語でKはあまり使わないから、Kの音はQで表しているんだと思うよ。」
国防省病院は重症患者以外は大部屋だったが、ケツァル少佐は将校だったし、大統領警護隊だし、女性だったので個室を与えられていた。入り口前の廊下に椅子を置いて、ステファン大尉がタブレットで何か入力していた。彼はシオドア達の話声を聞きつけて顔を上げ、立ち上がった。アリアナが「こんにちは」と挨拶すると、彼は敬礼で応えた。国防省病院なので、それらしく振る舞うのだ。
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