2021/07/04

異郷の空 1

  大使館では、シオドアがケツァル少佐の部屋を訪ねてから行方不明になり、出頭する迄の約2ヶ月間の行動をしつこく聞かれた。特にケツァル少佐のアパートから姿を消した時の経緯を大使館は知りたがった。彼がアパートの建物から出たところを誰も目撃しておらず、防犯カメラにも写っていなかったからだ。しかしシオドア自身、どんな方法で少佐の部屋から出たのか知らなかったし、時空の狭間に飛ばされていたなどと誰も信じないと分かっていたので、記憶にないとひたすら突っぱねた。
 本国からホープ将軍の部下であるキャサリン・ロバートソン少佐がやって来た。彼女は昔のシオドアを知っている口ぶりだったが、彼は彼女のことを全く思い出せなかった。彼女はブロンドだったが眉が濃いブラウンだったので、髪を染めているのかと余計なことを言って機嫌を損ねた。同じ女性の少佐でもケツァル少佐より10歳以上は上で、体格も大きい。シオドアに白人に対して蔑視するつもりはなかったが、ロバートソン少佐に少しも魅力を感じなかった。

「ケビン・シュライプマイヤーは覚えているわよね?」

ときつい口調で彼女が質問した。シオドアは覚えていると答えた。海兵隊出身のボディガードに恨みはなかったが、散々迷惑をかけてしまったと言う自覚はあった。

「ケビンは今、メンタル・カウンセリングを受けているわ。」
「俺のせいで?」

 ちょっと驚いた。そんなダメージを与えることをしただろうか。ロバートソン少佐はファイルをめくりながら言った。

「貴方が大統領警護隊の女性のアパートから消えた件。ケビンは貴方が建物に入るのを確かに見たと主張している。正面入り口の防犯カメラにも入って行く貴方は映っていました。でも出て行く姿はどこにも映っていない。」
「他に目撃者は?」
「ケビンの相棒のジョン・クルーニー。彼も知っているわね?」
「うん。だけど・・・俺はその日の記憶がないんだ。」

 シオドアは考えるふりをした。

「ケツァル少佐に会って、彼女の車に乗ったのは覚えている。降りたのも覚えている。だけどアパートに入ったかどうか、記憶がない。防犯カメラに出て行く姿が映っていなかったのは、俺だけかい? それともケツァル少佐も映っていなかったのかな?」
「ケツァル少佐は映っていました。部下の男性は映っていなかったわ。でも彼が少佐のアパートを出たと証言した時刻、防犯カメラは故障していたの。」
「それじゃ、俺はアパートに入らなかった。」
「ケビンとジョンが嘘をついていると?」
「俺は記憶がないから、肯定も否定も出来ない。」

 ロバートソン少佐はページをめくった。

「アリアナ・オズボーン博士がグラダ・シティに来た日の出来事。」
「アリアナがここへ来た?」

 シオドアは初耳だと言うふりをした。ケツァル少佐にアリアナが来ていることを教えられた時、少佐がアリアナに渡したサンプル”7438・F・24・セルバ”の資料を処分してくれと頼んだのは彼自身だった。

「いつ?」
「貴方が消えてから4日後。」

 ロバートソン少佐は彼をじっと見つめた。

「この時も、ケビンとジョンは不思議な証言をしているわ。」
「不思議な証言?」
「オズボーン博士はケツァル少佐を役所に訪ねた。その時に貴方の資料をケツァル少佐から渡されたと言っている。」
「どうして俺の資料をケツァル少佐が持っていたんだろう?」

 シオドアはわざととぼけて見せた。ロバートソン少佐はそれに答えずにファイルを読み続けた。

「オズボーン博士はそれをホテルに持ち帰った。その際、ケツァル少佐の命令でデネロスと言う若い女性が彼女の護衛と言う名目でホテルの部屋迄同行した。」
「デネロス?」
 
 シオドアはまたとぼけた。マハルダ・デネロス少尉とは一回しか会っていない。知らないふりをするのは簡単だった。

「その夜に、デネロスはオズボーン博士の隙を見て、貴方の資料を焼いてしまった。」
「ええ!」

 我ながら上手い演技だ、とシオドアは内心己を褒めた。

「俺の大事な資料を焼いてしまっただと!」

 ロバートソン少佐は無視した。ケツァル少佐並にクールだ。

「オズボーン博士はデネロスが書類を焼いた時、火事が発生したと勘違いした。彼女は2人のボディガードを呼び、室内に入れた。その時、ケビンもジョンもデネロスの姿を見ていない。それなのに、デネロスは不意に戸口に姿を現し、廊下へ逃げた。ケビンは追いかけたが、トイレに追い込んだ筈なのに、デネロスの姿は消えていた。それきり、彼はデネロスを見ていない。」

 つまり、最低でも2回、シュライプマイヤーはマハルダ・デネロスの姿を見失ったのだ。消える筈のない場所で。
 シオドアは”赤い森”に捕虜にされたロホを救出に行った時の様子を思い出した。ステファンの陽動作戦でディエゴ・カンパロと手下達がキャンプから走り去った後、ロホのそばに1人だけゲリラが残った。そのそばにケツァル少佐が歩み寄った時、ゲリラは全く気づかなかった。彼女の姿が見えなかったのだ。シオドアには見えていたのだが。
 ”ヴェルデ・シエロ”は消えることが出来るのではなく、他人に己を見えないと思わせることが出来るのだ。

「不思議だなぁ。」

とシオドアは言った。

「人間が消えたり現れたり・・・ケビンはカウンセリングを受けて当然かもな。疲れているんだよ、俺が勝手に家出したりしたから。」
「どうして家出したのかしら?」
「今迄の生活に飽きたからじゃない?」

 他人事の様に言って、ロバートソン少佐にグッと睨みつけられた。

「貴方はアメリカ政府のものなのよ。貴方の人生は貴方だけのものではないの。」

 だから嫌なんだよ、とシオドアは心の中で呟いた。

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第11部  紅い水晶     15

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