2021/07/03

アダの森 14

  カルロ・ステファンが能力を使えないのは、能力が「無い」からではなく、使い方を「知らない」からだと、ケツァル少佐は言った。ジャングルの中を歩いている時に、と彼女はシオドアに問いかけた。

「鳥や虫が私達の周囲にいなかったのを知っていましたか?」
「スィ。鳥の声も虫の鳴き声も全くしなかった。」
「小さい生き物がカルロから放出される気を感じて逃げたからです。」

 ああ、それで、とシオドアは納得した。ステファンが自分と一緒にいると敵に勘付かれると言って別行動を取った理由がそれだったのか。

「彼は気の放出を抑制出来ないのか?」
「コントロールする方法を知らないのです。本来は子供の頃にママコナの声を聞いて習得する基本中の基本です。」

 そんな話をステファン自身がシオドアに語ってくれたことがあった。純血の”ヴェルデ・シエロ”はママコナの声を言葉として聞けるが、異人種の血が入ると頭の中で蜂が唸っている様な音がするだけだと言っていた。

「彼は”心話”は出来ます。だから士官学校から大統領警護隊に採用されました。生まれつき気を放出したままの人ですから、周囲の人々は彼を警戒しました。彼のそばにいると落ち着かなくなるのです。ですから、彼は普通の仕事に就けなくて軍隊に入り、軍人としての才能を見込まれて士官学校へ入れてもらえました。士官学校へは時々大統領警護隊の幹部が新入生をスカウトする為に顔を出します。」
「どうやってスカウトするんだ? 士官学校は普通の人の方が多いだろう?」
「新入生を横一列に並ばせて幹部が顔を見て歩きます。実際は目を見るのです。”心話”で1人ずつ話しかけて返事があれば候補生のリストに入れます。士官学校を卒業と同時に警護隊に配属されるのですが、学校の成績次第ではN Gの人も当然出てきます。ロホとカルロは一緒に採用されました。ブーカ族の良家の子であるロホは全てにおいて成績優秀で性格も素直で優等生でしたが、カルロは貧民街の出で子供時代は素行も良くなかったのです。正反対の育ちの2人が、どう言う訳か馬が合って仲良しになりました。警護隊のスカウトは当初ロホだけを採るつもりだったのですが、司令のエステベス大佐がどうしてもカルロも採りたいと希望したのです。」

 シオドアとケツァル少佐はアメリカ大使館の前の交差点にやって来た。

「エステベス大佐は彼を訓練すれば”人並み”に能力を使えるようにしてやれると思ったんだね?」
「スィ。それに、大佐はロホが優しすぎることも気にしていました。凶悪な敵と戦う時に彼の優しさは彼自身の命取りになりかねません。」

 それは先日の”赤い森”の事件で証明済みだった。ロホは目の前でシオドアがゲリラに傷付けられるのを想像するだけで耐えられなかった。それが彼自身を危うく死にかける目に遭わせてしまったのだ。

「ロホの優秀な能力の使い方からカルロが学び、カルロの躊躇なく戦う姿勢からロホが学ぶことを大佐は期待したのです。しかし・・・」

 少佐は肩をすくめた。

「物事はなかなか上手く運ばない物です。」

 シオドアは交差点の斜め向かいに見えている大使館の門を見た。入りたくないが、入らねばならない。彼は少佐を見ずに言った。

「ここでお別れだ、少佐。俺と一緒にいるところを連中に見られない方が良い。」

 すると少佐が彼にそっと囁いて、道路の反対側へ渡って行った。シオドアはびっくりして、やって来た方角へ歩き去って行くケツァル少佐を見つめた。
 彼女はこう言ったのだ。

「Te besare en mi corazon.」(心の中で貴方にキスを)

 シオドアは幸福と悲しみを同時に感じた。もう一度、ここへ戻って来たい。彼等と一緒に笑っていたい。
 彼は未練を振り切って、交差点を渡った。そして大使館の門に向かって歩いて行った。門前には2人のアメリカ兵が立ち番をしていた。彼等が彼が少佐と一緒にいるところを見たかどうか確かめる気持ちはなかった。もし見たとしても、彼女が何者か彼等は知らない筈だ。

「ヤァ」

と彼は兵士に声をかけた。

「シオドア・ハーストと言います。アメリカ人です。帰国したいがパスポートを紛失したので、出国出来ません。再発行の手続きをお願いしたい。」




0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...