2021/07/10

異郷の空 17

  ケツァル少佐が目を覚ますと、外はまだ暗かった。時計を見るとセルバ共和国なら既に太陽が昇っている時刻だ。彼女は隣の運転席で寝ているシオドア・ハーストの頬を手でピタピタと叩いて起こした。

「オズボーン博士の家に行きましょう。」

 シオドアは逆らわずに基地へ向かって走った。門衛はシオドアの顔見知りで、助手席で赤いフードをかぶっている人物をチラリと見た。詮索するつもりなどなかったのだが、フードの人物がフードを取ったので思わず顔を見た。目を見てしまった。そしてシオドアに行っていいよと手を振った。車が基地内に入った後、彼はシオドアが戻って来たことを研究所に報告するのを忘れた。
 居住区の道路には当然C C T Vが至る所に設置されていたが、故障している物もある。アリアナ・オズボーンの家のそばのカメラが突然火花を出して停止したが、誰も気が付かなかった。
 シオドアと少佐はアリアナの家の前で車を停めた。シオドアが提案した。

「エルネスト・ゲイルは昔から盗聴や盗撮が趣味なんだ。皆んなが知っているし、彼自身も知られていることを知っている。この家にも盗聴器が仕掛けてある筈だ。俺が見つけて壊しても、あいつは気にしない。これも昔からやってるイタチごっこだからね。少佐、お手数だが、これからこの家の盗聴器を探してくれないか?」
「承知しました。」

 ドアチャイムを鳴らすと、かなり待たせてからアリアナがドアを開けた。シオドアはドアチェーンが断ち切られているのを見たが、コメントはしなかった。鍵が無事だったのは、特殊部隊がステファンに気づかれないよう、静かに侵入したからだ。
 アリアナが抱きついて来たので、シオドアは彼女がどんなに怖かったか訴えるのを聞いてやった。その間にケツァル少佐が屋内を歩き回り、リビングとキッチンで1個ずつ盗聴器を発見した。シオドアはそれを彼が見つけたふりをして踏み潰した。寝室と客間、アリアナの書斎は無事だった。日頃から彼女が客を入れない場所だ。エルネストも入れてもらえなかったのだ。シオドアはステファンと美術品回収任務や暗殺未遂、ナワルに変身した話をしたのが寝室で良かった、と安堵した。
 アリアナがキッチンのテーブルにパンとジャムを出した。

「朝食にして頂戴。私は食欲がないから、食べずに出勤するわ。」

 シオドアはびっくりした。

「研究所に行くのか?」
「私の職場だもの・・・」

 彼女は着替える為に寝室へ行った。シオドアは少佐がキッチンでパンにジャムを塗るのを見た。女達は何か重大な危機があっても日常の習慣を変えないようだ。彼はキッチンに入り、インスタントのコーヒーを淹れた。少佐がラズベリージャムを塗ったパンをくれた。彼女はブラックベリーのジャムだ。

「彼女について行きますか?」

と少佐が尋ねた。シオドアは考えた。

「歓迎してもらえるとは思えないな。俺は追放された身だから。」
「でも研究所に入らなければ、何も出来ませんよ。」
「多分、ここで待っていれば迎えが来ると思う。」

 そこへ着替えたアリアナが戻ってきた。くたびれた顔で、なんとか化粧を直して髪を整えた程度だ。シャワーを浴びずに出かけるのが意外だったので、シオドアは不審を覚えた。それにまだ外は薄暗い。

「仕事を休めよ。」

 シオドアは精一杯思いやって声をかけた。アリアナは首を振った。

「行かなきゃ駄目なの。彼の為にも・・・」

 彼女はケツァル少佐を見る勇気がなかった。このインディオの女性は私が彼にしたことを絶対に気がついている。だから盗聴器を壊した後も私に一度も声をかけて来ない。
 アリアナは職場に出かけて行った。車で5分の距離だ。
 シオドアはリビングの床に散乱している投光器のレンズの破片を片付けた。特殊部隊は強烈な光をステファンの顔に当てて”ヴェルデ・シエロ”の最も手頃な武器である目を眩ませたのだ。エルネストにそんな知識はない。恐らくオルガ・グランデに遺伝子サンプルを集めに足を運んでいたダブスン博士がアンゲルス鉱石の連中から仕入れた”ヴェルデ・シエロ”の対処法だ。
 少佐はアリアナのラップトップを見つけた。アリアナが職場とは別に使っている物だ。昨夜はシオドアが少佐との落合場所を検索するのに使用した。今度は少佐が使い始めた。研究所の見取り図を探し出し、部屋数や配置を見ていた。シオドアが横から覗くと、今度は設計図を出していた。何処からそんなものを探し出したのだ? とシオドアは驚いた。国の研究施設だ。民間人がアクセス出来るものではない。しかし少佐は水道の配管や下水施設や通風孔の位置やゴミのダストシュートまでチェックした。

「ドクトル、彼等はカルロを何処に収容していると思いますか?」

 訊かれてシオドアは地下の特別区画を指した。

「ここは特定のメンバーしか入れない。アメリカ全土から攫われてきた超能力者達が収容される場所だ。検査と実験を行なって、使い物にならないと判断されたら記憶を消されて元の場所に戻される。世間じゃ、U FOに攫われて戻されたと騒いでいるがね。 ステファンを閉じ込めるなら、ここしかない。」
「貴方は入れるのですか?」
「以前は入れた。」

 何故そんなことを思い出せるのだろう。シオドアは自分で驚いた。さっきまでそんな研究所の暗部を思いつきさえしなかったのに。

「I Dカードとパスワードがあれば入れた。俺が生まれた場所でもあったから。超能力者を検査する場所は網膜認証が必要なんだ。」
「コンピューター相手では”幻視”は使えませんね。」

 と少佐は言ったが、特に諦めた感じではなかった。

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第11部  紅い水晶     21

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