「あの”出来損ない”のグラダの死を望む者を、この儂が知っているとお前達は本気で思っているのか?」
ムリリョが傷ついた様な台詞を口にしたが、顔は無表情で声も冷静だった。シオドアは一族を守る為に暗殺を請け負う役目を担ってきた老人を見つめた。
「貴方の仕業だとは思っていませんし、貴方が仲間に指図したとも思っていません。あなた方の仕事がどんなものか俺は知りません。しかし、オクタカスの”風の刃の審判”を利用したやり方や、外国での任務を遂行する相棒を操って心臓を刺そうとしたり、ロハス一味を攻撃する政府軍の中に紛れ込んでどさくさに彼を射殺しようとする、他人の心を操れるのは、あなた方しかいないでしょう?」
ムリリョが口をへの字に歪めて彼を見返した。絶対に怒らせた、とシオドアは思った。後悔していないが、不安だった。ケツァル少佐を巻き込んでしまった。
すると少佐が呟いた。
「今聞いてみると、随分手の込んだ回りくどいやり方をしている様ですね。」
「儂にもそう聞こえた。」
ムリリョが不愉快そうに言った。
「もし儂の仲間がやるとすれば、そんな手の込んだことはせぬ。”操心”で他人を使うとしても、確実に相手を仕留める保障がなければ行わぬ。第一、あの”出来損ない”を殺す理由がない。」
「理由って・・・」
純血至上主義者が混血児を排除するのに理由が要るのか、とシオドアは言いそうになって我慢した。ムリリョは彼が何かを控えたことに気づかなかったふりをした。
「白人の血が入っているが、あの男はちゃんとお国の為に働いておる。気の制御は下手くそだが、周囲に迷惑をかけぬようバレたりせぬよう、あの男なりに努力しておる。何故儂等”砂の民”があの男に死を与える必要があるか?」
シオドアは、博物館でケツァル少佐がステファン大尉の気の動きを感じて心を飛ばした時のことを思い出した。あの時、少佐がムリリョの身内がステファンを怒らせたと言ったら、ムリリョは何と言った? あれには手を出すなと配下に言ってある、とムリリョは言ったのだ。
ムリリョは純血至上主義者だと聞いていたが、この老人はメスティーソのマハルダ・デネロスを気に入っていた。「美しく獰猛な精霊」とデネロスを評したのだ。
この人は正しく他人を見極めることが出来る人なんだ!
それならば・・・
「では、お尋ねします。貴方は、誰がカルロ・ステファンを付け狙っているのだと思われますか?」
シオドアの質問にムリリョは直ぐには答えず、ケツァル少佐を見た。
「唯一人の真のグラダ・・・」
と彼は少佐に呼びかけた。
「お前は己の親を知っておるか?」
シオドアは礼拝堂内の気温が1度下がった様な気がした。少佐が緊張した?
「私の親と今話している件が関係しているのですか?」
「グラダは母親の名を受け継ぐ。」
ムリリョがシオドアに顔を向けた。
「この女の母親は、ウナガン・ケツァルと言う。最初の祖先の名前がケツァルだった。」
彼は少佐に顔を向けた。
「あの”出来損ない”の母親は、カタリナ・ステファンと言う名だ。その母親の姓もステファンだったからだ。普通、メスティーソは父なし子でなければ父親の姓を名乗る。カタリナ・ステファンの父親はグラダの血を引いていた。」
「彼のお祖父さんの話なら彼から聞いたことがあります。」
シオドアはうっかりムリリョの話を遮ってしまった。少佐に横目で睨まれた。彼は、ここで爺様を怒らせるな、と言われた気がした。ムリリョは白人の無作法を我慢することにしたらしい。シオドアに尋ねた。
「彼とはあの”出来損ない”のことか? 祖父さんのことを何と言っていた?」
「彼にはカルロと言う名前があります。」
シオドアは親友を”出来損ない”呼ばわりされるのにうんざりした。
「カルロのお祖父さんは、オクタカス遺跡の近くにあった”ヴェルデ・シエロ”の子孫の村の出だったそうです。若い頃にオルガ・グランデの鉱山へ出稼ぎに出て、ある時に同郷の人達と里帰りしたら、村が消えていたと、カルロに語ったそうです。」
ムリリョが頷いた。
「あの男の祖父は”ボラーチョ”村の生き残りだったのだな。」
シオドアはその言葉に引っかかりを感じた。
「”生き残り”と仰いましたか? ”ボラーチョ”村の住民は死んだのですか?」
ムリリョが初めて躊躇いを見せた。ケツァル少佐をグッと見つめて言った。
「これを語れば、お前は我々に背を向けるかも知れぬな。」
0 件のコメント:
コメントを投稿