2021/07/27

礼拝堂  4

  シオドアはステファン大尉が疲れた顔をしていたので、昨日の要塞を破壊したのはこの男だろうと見当がついた。アリアナの「男を見る目」は確かだ。

「下士官ではなく大尉の君が廊下で護衛かい?」

と揶揄い半分で尋ねた。ステファンは肩をすくめた。

「警護は廊下でするものです。それにこれは一応懲戒なので・・・」
「懲戒?」

 アリアナが驚いた。

「何かミスをしたの?」
「スタンドプレイが過ぎたんだよ。そうだろ?」

 シオドアの言葉にステファンが苦笑して頷いた。

「目撃者が軍関係者だけなら訓告で済んだのですが、まさかテレビカメラがあそこにいるとは思いませんでした。」
「いると知っていても、君はやっただろう。」

 アリアナがシオドアを見た。目で説明を求めて来たので、シオドアは彼女に教えた。

「要塞を破壊したのは、彼だよ。」
 
 アリアナが目を見張った。ステファンは罰が悪そうにドアの方を向いた。ノックして、シオドアとアリアナが訪れたことを告げた。少佐の声で「どうぞ」と聞こえた。
 ステファンがドアを開けてくれた。途端に強烈な花の香りが廊下に吹き出して、シオドアとアリアナはたじろいだ。室内に沢山の南洋の花々が溢れかえっていた。まるで花屋だ。その中で病院着姿のケツァル少佐が窓際の机に向かって座り、ラップトップでせっせと仕事をしていた。入院が必要な怪我人とは思えない。彼女はいつものごとく、客に背中を向けたまま、手で「座って下さい」と合図した。折り畳み椅子が数脚あったので、シオドアはそれを広げてアリアナを座らせた。彼自身は座る前に室内に飾られている花を眺めた。どれもカードが付いており、贈り主の名前は様々だ。これは彼女が有名人だからだろう。

「お怪我をなさったとお聞きしましたけど?」

とアリアナが遠慮がちに質問した。少佐は勢いよくキーを叩きながら答えた。

「スィ。銃弾一発、右の胸に受けました。」

 彼女は「ブエノ」と呟き、ラップトップを閉じて、やっと客に体を向けた。薄い病院着が透けて右胸の乳房近くに貼られたガーゼが見えた。シオドアは思わず目を凝らしてしまった。

「俺は射撃のプロじゃないが、そこを撃たれるって、敵は横にいたのか?」

 おかしなことを言うのね、と言いたげにアリアナが彼を見た。ロハス一味は要塞にいて、政府軍はその周囲を包囲していた。兵士は皆んな敵を正面に見ていたのではないのか。
 少佐が病室のドアが閉まっていることを目で確認した。

「弾は肋骨に当たって止まりました。”ヴェルデ・ティエラ”だったら貫通していたでしょう。」
「君らしくないな・・・」
「ロハスの要塞から飛んで来る銃弾を落とすのに熱中していましたから、気付くのに遅れました。」

 ケツァル少佐はいつもストレートに言わない。何か含んだ言い方をする。シオドアは彼女が彼に何か伝えたいのだと気がついた。だからロホが病院に行ってくれと言ったのだ。

「私は自分の油断で負傷したのですが、それを見た部下達が動揺してしまい、憲兵隊に負傷者を出してしまいました。申し訳ないことをしたと思っています。」
「貴女に責任はないわ。」

 アリアナが言った。彼女はそこで見舞いの品を思い出し、バッグからチョレートとクッキーの箱を出した。

「お花はアレルギーの人もいるので、お菓子を買って来ました。病院食はこんなの出ないでしょう?」
「グラシャス、嬉しいです。ここで出る甘い物と言ったら、ゼリーばかりで。」

 少佐が笑顔で受け取った。クッキーの箱を机に置いて、チョレートの箱をまたアリアナの方へ差し出した。

「もしよろしければ、これをアスルに上げてくれませんか?」
「彼も入院してましたね。何処を怪我なさったのですか?」
「脚を骨折したのです。階段から落ちて。」

 シオドアとアリアナは顔を見合わせた。昨日見た映像では、アスルと思しき男性は普通に歩いていたが? 少佐が説明した。

「私が撃たれたので、カルロとアスルは頭に血が上ってしまい、部隊長が止めるのを振り切ってロハスの要塞に2人だけで突入したのです。アスルはロハスの手下どもと格闘になり、10人倒して、11人目と一緒に階段から転げ落ちました。その時は興奮していたので怪我に気づかず、カルロと共にロハスを捕まえて外へ引きずり出したのですけど、その後で歩けなくなって軍医に診てもらったら、右腓骨が折れていたのです。」

 アリアナがアスルの苦痛を想像して顔を顰めた。シオドアは”ヴェルデ・シエロ”達の暴れぶりに呆れ返った。少佐がドアに向かって、「カルロ!」とステファン大尉を呼んだ。ステファンがドアを少し開けて中を覗き込んだ。少佐が命じた。

「ドクトラをアスルの部屋にご案内しなさい。」

 ステファンがドアを大きく開いて、アリアナを待った。アリアナはちょっと戸惑った。アスルとはそんなに親しくなかったし、ステファンとも何を話せば良いのだろう。しかしステファンが言った。

「アスルは貴女が気に入っていますから、来ていただけて喜ぶでしょう。」

 アリアナは頬が熱くなるのを感じた。少佐が部下に注意を与えた。

「大部屋ですから、他の患者が彼女に失礼なことをしたり言ったりしないように、睨みを利かせておきなさい。」
「承知しました。」

 つまり、ステファンはずっとアリアナのそばにいてくれるのだ。アリアナは立ち上がった。屈んで座ったままの少佐をハグして、お大事に、と挨拶した。傷には触れないように気をつけた。 



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