2021/07/28

礼拝堂  5

  アリアナとステファン大尉が部屋から去って3分ほどケツァル少佐は黙っていた。廊下の音と気配を伺って、誰もいなくなるのを待っていたのだ。それからシオドアに目で座れと言った。それまでシオドアは花の中で立っていたのだ。

「凄い花の山だな。」
「殆どが1回会ったか会わないか程度の面識のない人達です。大統領警護隊は私が負傷したことを公表していないのに、誰かが噂を広めてしまいました。」
「マスコミが来ていたものな。」

 少佐は親に知られたくありませんと呟いた。特に娘を溺愛している母親には、と。娘を家に閉じ込めておけないから、母は毎日電話をかけてくるだろうと。シオドアは父親だって心穏やかではないだろうと思った。ミゲール大使夫妻は昨日のテレビ中継を見ただろうか。仲間に抱き抱えられて運ばれて行く兵士が娘だとわかっただろうか。それとも、大統領警護隊から娘の負傷の連絡が入ったりしなかったのか?
 少佐がいつもの調子でいきなり話題を変えた。

「廊下での警護は、懲戒としてはかなり甘いものです。本来なら降格と営倉行きです。」

 シオドアはびっくりした。

「ステファンの処遇のことかい? 要塞の破壊は確かに目立ち過ぎたけど、ロハス一味を逮捕出来たし、爆弾や火薬が爆発したと誤魔化せるだろう?」
「そんな問題ではありません。」

 少佐が溜め息をつき、傷が痛んだのか顔を顰めた。

「少佐の私が倒れたら、部下を指揮して部隊を守るのは大尉の役目です。それなのに部隊の守護を放り出して勝手に突入してしまいました。私はロホに運ばれながら、守れと叫んだのです。でも彼の耳に入らなかった。ロホが私を運びながら気を放って部隊を守ろうとしたのですが、憲兵隊に複数の負傷者が出てしまいました。自分の背後に気を放つのは難しいのです。味方が撃つ弾さえ破壊してしまいます。いえ、ロホが失敗したのではありません。彼が気を使う機会は殆どありませんでしたから。アスルが残っていれば、もう少し事態はましな方向へ向かったのですが、彼もカルロに負けじと突入していたのです。」
「カルロもアスルも君が大事だから、君が撃たれて頭に来たんだ。」
「そんな個人的感情で戦闘に臨まれては困ります。将校である覚悟が足りません。エル・パハロ・ヴェルデなのですから、国民を守るのが第一の使命です。」

 ケツァル少佐は何処までも軍人だ。親に心配をかけたくない娘であり、国民を悪の組織から守る軍人なのだ。

「将校として重大な過失を犯したにしては、廊下での警護は優し過ぎるな、確かに。誰がその処分を決定したんだい?」
「司令官です。」

 少佐がいきなり病院着をめくったので、シオドアは慌てた。目のやり場に困った。少佐はお構いなしに、傷を彼の方へ向けた。

「ほら、横から撃たれているでしょう?」
「そうだな・・・」

 頼むから、そのおっぱいを早く覆ってくれ、とシオドアは目を逸らしながら願った。少佐は何事もなかったかのように、着衣を下ろした。

「銃弾は横から飛んで来たのです。」
「前からでなく?」
「前からではありません。私は軍医が麻酔をかける前に彼に依頼しました。銃弾を摘出したら後で見せて欲しいと。麻酔から覚めたら、銃弾はありませんでした。軍医が、本部に送ったと言いました。」
「つまり・・・」

 シオドアはピンときた。

「銃弾は敵ではなく味方の憲兵の銃から発射されたものだった?」
「スィ。軍医は私から摘出した銃弾を一目見て、すぐにこれは一大事だと感じたそうです。だから憲兵ではなく衛生兵を呼んで銃弾を司令のところへ送りました。」
「君は正面から撃ってくるロハス一味の銃弾を落とすのに集中していた。だから味方の中の誰かが横から撃った弾に気が付くのが遅れた・・・」
「狙われたのは私ではありません。」
「え?!」

 シオドアは一瞬ドアを見た。ドアの向こうは誰もいない筈だ。警護のステファン大尉はアリアナと共に大部屋のアスルのところへ見舞いに行っている。

「狙われたのは、もしやステファン?」
「スィ。私は彼に向かって飛んで来る銃弾に気がついて、彼の横へ飛び出したのです。気を放って落とせば勢いで周辺の兵士に当たっていました。」
「だからって、自分の体で銃弾を受け止めるなんて・・・」
「自分でも馬鹿だと思いますけど。」

 少佐はけろりとして言った。シオドアは不安に駆られた。

「憲兵隊の中に暗殺者が入り込んでいたんだな。」
「司令部は昨夜から憲兵隊長を呼んで捜査を始めています。憲兵隊はロハス一味の要塞の捜査をしなければならないので、思いがけぬ方向から横槍が入って大混乱です。」
「憲兵隊の中にも”ヴェルデ・シエロ”はいるんだろ?」
「スィ。純血種でも大統領警護隊に採用されなかった人は当然います。でも出世の問題でステファン一人が狙われるのは奇妙な話だと思いませんか?」
「そうだな・・・マハルダもまだ少尉だけど、能力が大きくないのに大統領警護隊で活躍している。他にもメスティーソの隊員はいるだろうし。」

 シオドアは少佐を眺めた。

「彼が半分だけのグラダだと言うことが理由じゃないかな?」
「私もそう思います。彼の能力の大きさを恐れている人がいるに違いありません。」

 彼は古い記憶を探ってみた。

「オクタカスの”風の刃の審判事件”が奇妙だと君は以前言いかけたよな? 俺が洞窟に入る前にステファンに伝言を頼んだ陸軍兵士が、実際には彼に伝言をしなかった。そしてステファンは俺と一緒に洞窟に入った。そして通常では考えられない通路の中に爆風が入ってきた。あれは俺の護衛を任務としているステファンが俺について洞窟に入ると踏んで、あの爆風を導いたヤツがいるってことじゃないか?」
「恐らく、発掘調査隊ごと彼を殺してしまうつもりだったのでしょう。でも、失敗でした。爆風の威力が期待した大きさでなかったのでしょう。あるいは、あの時点でカルロの自衛本能が働いて気で爆風を和らげ、結果的に調査隊も怪我人を出す程度で済んだのかも知れません。」
「純血至上主義者はそんなに彼のグラダの力を恐れているのか?」
「刺激しなければカルロは力を使いません。彼の人柄を知っていれば、彼が能力を意図的に使って他人を動かしたり自分が楽をしようとする人間でないことはわかります。 大統領警護隊の同期生達が彼にする意地悪も、彼のそんな性格を知っているから、出来ることです。」
「彼の人柄を知らないヤツで、彼が何者か知っている人間が、黒幕だろうな。」

 シオドアは話を聞かなければならない人間を頭に思い浮かべていた。



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