博物館から出て、ケツァル少佐はシオドアを本当の夕食に連れて行った。午後10時を過ぎていたが、南国の夜は暑くまだ賑やかだった。月曜日だと言うのにセルバ人は平気で夜更かしする。
「臨時収入は嬉しいが、ミイラの鑑定なんて、どうすりゃ良いんだろ。」
シオドアは火曜日の夜からのバイトを考えると憂鬱になった。一人であんな場所で何をすれば良いのか。それに、彼が少佐について博物館に行ったのには、別に目的があったからだ。それが思いがけないバイトの話で話題に出しそびれてしまった。
少佐も無言で食べながら考えていた。亡者は危険ではないが、バイトの成績いかんではムリリョの機嫌を損ねる恐れがある。彼女自身はムリリョが怖い訳ではない。シオドアの身の安全を考慮しなければならないのだ。
「君は亡者を見ることが出来るんだろ?」
「スィ。」
「でも声は聞こえない。」
「聞けません。」
「俺は亡者を見ることは出来ない。でも声は聞こえる。」
「でも話は聞き取れないでしょう。」
「そうなんだ。それに、もし言葉がわかったとしても、俺が話しかけて彼等が聞いてくれるかどうかもわからない。」
ふと思いついてシオドアは提案してみた。
「ロホはどうだろ? 悪霊祓いの家の息子なんだろ?」
少佐が首を振った。
「悪霊と亡者は違います。悪霊は神様が間違った祀られ方をして歪んでしまった姿です。正しい儀式をして清めれば正しい姿に戻ります。」
「セルバの悪霊は素直なんだな。キリスト教世界の悪魔は一筋縄ではいかないぞ。」
「話を逸らさないで下さい。」
「ごめん。亡者は悪霊とどう違うんだ?」
「亡者は目的がありません。」
「はぁ?」
「死んだ人の魂が行くべき世界に行かずに、ただそこにいるだけなのです。」
「それって、この世に何か未練があって・・・」
「そんなことで残ったりしません。亡くなる時や葬儀の時に神父が祈りを捧げてくれます。それでも残るのが悪霊ですから、拝み屋が処理します。拝み屋の手に負えないものは、悪霊祓いの家の仕事になります。」
拝み屋と悪霊祓い屋は別物らしい、とシオドアはセルバ文化独特の分業を習った。拝み屋はきっと”ヴェルデ・ティエラ”の霊能者で、悪霊祓い屋は”ヴェルデ・シエロ”の職人なのだ。
「つまり、ただそこにいるだけの亡者に、ロホは何も出来ないってことか?」
「悪霊祓い屋は悪霊と話をするのではありません。悪霊を封じ込めて、正しい祀り方で鎮めてしまうのです。でも亡者は何もしないので、封じ込められないし、鎮める必要もありません。あちらの世界に行きそびれただけですから、私達が何かするのはお節介なだけです。時間が経って自然に行ってしまうのを待つだけです。」
「それにしては、あのミイラ達は古そうだったぞ。随分長い間こっちへ居残っているんだな。」
少佐はこの疑問をさらりと片付けた。
「人ぞれぞれですから。」
「それを言うなら、亡者それぞれだろう?」
シオドアは近くのテーブルの客がこっちを見ていることに気がついた。亡者だの悪霊だのと喋っているので、気になったのだろう。彼は使った単語の中に聞かれてマズイものが入っていなかったか、記憶を整理してみた。”ヴェルデ・シエロ”とか”ティエラ”とかは言っていない。このまま喋っていてもオカルトマニアだと思われて済ませられるだろう。
「兎に角、俺は死人が話しかけて来ても、向こうが言いたいことを理解出来ないから。」
「・・・」
「それに俺の方から話しかけることも出来ないし。」
「仕事を依頼されたのは貴方ですよ。」
少佐はずる賢く話を変えた。
「貴方はどんな理由で私について来られたのです?」
「それは・・・」
ここでは言えない、とシオドアは思った。”砂の民”のムリリョにカルロ・ステファン大尉が狙われなければならない理由を聞き糺そうと思ったのだ。ケツァル少佐は、”砂の民”は一族の秘密を守るのが役目で個人的な恨みが理由の暗殺はしない、と言った。それなら純血至上主義者の立場からのムリリョの意見を聞かせて欲しかった。
「この場では言えない。人が多過ぎるから。」
シオドアも話題を変えてみた。
「あの教授はずっと俺を無視していたなぁ。」
すると少佐は問題ないと言う顔をした。
「先住民のマナーです。初対面の人同士が仲介人を通して話をすると言う昔ながらの習慣です。仲介人がいない場合は構いませんが、あの場での仲介人である私を通さずに直接貴方と教授が話をするのはマナー違反なのです。」
「そんなマナーを聞いたのは初めてだ。」
「あの人の主義を思い出して下さい。」
純血至上主義だ。 ああ、とシオドアは納得した。それに、と少佐が付け加えた。
「人類学者でもありますから、部族の古い習慣を守っているのです。」
「それじゃ、俺が途中で口を出したので、怒っていただろうな。」
「それはバイトを引き受けてくれる人が見つかったので、帳消しになっています。」
また話がバイトに戻って来た。しかしケツァル少佐はセルバ人らしくまとめた。
「明日、考えましょう。」
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