2021/07/11

異郷の空 19

 アリアナが寝室から出て来ないので、シオドアは様子を見に行った。ドアをノックすると、中で「来ないで」と声が聞こえた。彼は無視して中に入った。アリアナはベッドの上に突っ伏していた。

「今日は休むんだろ?」
「ええ・・・」
「少し眠ると良い。」

 シオドアはベッドの端に腰かけて、彼女の髪を優しく撫でてやった。

「エルネストは君に酷い扱いをした様だな。」
「彼じゃないわ。ダブスンよ。」
「ああ・・・あのオバサンか。」

 メアリー・スー・ダブスンも先住民の遺伝子に関心を持っていた。ただ彼女の場合は超能力より人間の「原種」から新しい品種を作って戦略的に使える才能を開発しようとしていたのだ。たまたまセルバ人の遺伝子の中に奇妙なものを見つけたと言うだけで、それを解析した共同研究者がシオドアだった。 

「ステファン大尉には会えたか?」
「会わせてもらえる筈がないでしょう。」

 アリアナは顔を上げた。怒っていた。シオドアにではなく、無力な彼女自身に。

「エルネストは興奮しているわ。まるでライオンを生け捕ったハンターみたいに得意満面よ。ダブスンはセルバ人の扱い方を知っていると主張して、何とかして彼のチームに加わろうとしている。だけど・・・」

 彼女は体を起こした。

「超能力者の遺伝子分析の担当は貴方だったのよ、テオ。まだ思い出さない? 研究所は貴方が必要になると思う。それに彼・・・研究所は彼に”コンドル”ってコードネームを与えたわ。コンドルを扱えるのは貴方だけよ。彼に言うことを聞かせようと思ったら、貴方が必要ね。」
「それじゃ・・・」

 シオドアは提案した。

「俺を研究所に連れて行ってくれないか? エルネストがステファンを本気で怒らせる前に、俺が扱い方をレクチャーしてやる。下手なことをすれば、怪我人が出る。」

 アリアナは、投光器が破裂して、特殊部隊の兵士が見えない力で弾き飛ばされたことを思い出した。あの時は訳が分からなかったが、ステファン大尉が1人でやったことであれば、確かに危険だ。大尉はあの時酷く衰弱していた。もし元気な状態の彼を怒らせたら、どんな惨状になるだろうか。

「今から研究所に行くの?」
「直ぐにとは言わない。お昼も食べたいしね。冷蔵庫に何かあるか?」
「何か作るわ。待ってて。」

 彼女はクローゼットに向かった。

「彼女に何が食べたいか訊いてくれる?」
「自分で訊けば?」

 シオドアは彼女が感じている後ろめたさを解消するには、それ以外にないだろうと思った。
 彼がリビングに戻ると、ケツァル少佐はまたアリアナのラップトップを眺めていた。今度はGoogleの衛星写真だ。基地周辺だが、肝心の基地は映っていない。辛うじて居住区が見られるだけだが、ストリートビューはない。彼がそばを通ると、彼女が画面を指差した。

「これは何ですか?」

 シオドアは覗いて見たが、余り関心がなかった区域だったので、分からなかった。彼女はある赤い屋根の建物を指差したのだ。そこへ着替えたアリアナがキッチンへ入る為にやって来た。少佐が声を掛けた。

「ドクトラ、この赤い屋根の建物は何ですか?」

 アリアナは一瞬固まったが、直ぐにテーブルに近づいてラップトップを覗き込んだ。

「給食センターだわ。高齢者の住宅などに食事を宅配しているの。」

 少佐が考えこんだ。それっきり何も言わないので、アリアナは肩をすくめてキッチンに入った。シオドアはもう一度画面を見た。少佐が拡大して写真を眺めている。給食センターが何を意味するのか、彼は見当がつかなかった。
 アリアナが作ったのはカリカリベーコンと胡瓜のサンドウィッチと温めた冷凍ポテトだった。特に美味しいと言う訳ではなかったが、ないよりましだ。

「乾燥ジャガイモと硬いチーズよりは美味いよ。」

とシオドアが変な誉め方をしたので、少佐が次はペミカンにしますと言った。アリアナがクスッと笑った。シオドアと少佐が同時に彼女を見たので、彼女は慌てて言い訳した。

「あなた方が喋っているのを聞いていたら、まるで兄妹みたいだなって思ったの。」
「俺の兄妹は・・・」

 シオドアはちょっと躊躇ってから言った。

「君だよ、アリアナ。それから認めたくないがエルネストだ。」
「エルネストは外しても良いわよ。」

 アリアナが少佐に話を振った。

「貴女は兄妹がいますか?」

 いない筈だ、とシオドアは思ったが、少佐は答えた。

「弟と妹がいます。」
「え? 君は一人っ子じゃなかったっけ?」
「そんなことを言った覚えはありません。」
「でも、生まれて直ぐにお母さんが亡くなったと・・・」
「私を産んだ母親は亡くなりました。」

 少佐はいつも自分のことになるとはっきり言わない。彼女は父親もいないと言った。それはつまり、彼女の両親は正式に結婚していなかったと言うことなのか? それ以上プライベイトなことにツッコミを入れるのは良くない。彼は自重した。アリアナはあまり深く考えずに、

「弟妹がいるって良いですね。」

と言った。少佐はコメントしなかった。
 美食とは程遠いランチを終えて、シオドアは皿洗いを担当した。少佐はセルバ流にシエスタだ。ソファの上に横になって直ぐに睡眠状態に入った。アリアナは書斎に入り、ドアを開いたまま、仕事用のパソコンを開いたが、彼女も昨夜は一睡もしていない。椅子に座ったままうたた寝を始めた。
 皿洗いを終えたシオドアもリビングの椅子に座って目を閉じた。研究所に行って、どこまで奥へ行けるだろう。ステファン大尉は超能力者達を閉じ込めておくエリアにいる筈だ。昔のシオドアなら自由に出入り出来た区画だが、今は無理だ。

1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

少佐がここで言った「弟と妹」は部下達のことです。
まだ彼女自身出生の秘密を知らないのです。

第11部  紅い水晶     21

  アンドレ・ギャラガ少尉がケツァル少佐からの電話に出たのは、市民病院に到着して患者が院内に運び込まれた直後だった。 「ギャラガです。」 ーーケツァルです。今、どこですか? 「市民病院の救急搬入口です。患者は無事に病院内に入りました。」  すると少佐はそんなことはどうでも良いと言...