2021/07/25

博物館  15

  マハルダ・デネロスが目を覚ましてくれたお陰で、3人でミイラの保管室を歩き回り幽霊を追いかけることが出来た。”ヴェルデ・シエロ”と思われる幽霊は確かに3人だけ、と少佐とデネロスの証言が一致した。かなり古い神官の服装をしている男性だと言う。幽霊達は特に目的もなく室内を漂っていた。時々”ヴェルデ・ティエラ”のミイラから亡者が出て来かけたことがあったが、その度に少佐が弱いながらも気を放ち、ミイラの中へ押し戻した。デネロスは1人の神官がよく動き回るので追いかけていた。現生の3人は辛抱強く3人の亡者がミイラへ戻るのを待ち、明け方近くに”ヴェルデ・シエロ”のミイラを梱包用の箱に移動させた。
 シオドアはノートを破ってそこに「神官3名」と書き記し、箱の蓋の上に載せておいた。保管室を出て扉を閉じ、寝袋を片付けた。
 少佐が時計を見て、シオドアに尋ねた。

「ドクトル、今日の予定は?」
「午前中に講義が一つ・・・」

 欠伸が出た。

「何時から?」
「10時。俺は定刻に講義を開始するので有名だから。」

 デネロスが笑った。少佐が言った。

「まだ5時間あります。何処かで休みましょう。」

 その「何処か」は結局少佐のアパートだった。彼女のベンツで到着すると、シオドアは一度来たことがある建物に入り、ちょっと感慨深い物を感じた。あの時は故国から逃げて、アスルの手で過去の村に隠してもらった。今は「見習いセルバ市民」だ。
 少佐の部屋は高級アパートだけあってバスルームが2箇所あった。一人暮らしの女性の部屋にバスルームが2箇所だ。シオドアとデネロスがそれぞれ別のバスルームでシャワーを浴びて体を洗った。着替えは出勤前に自宅へ立ち寄らなければならない。風呂から出ると、ダイニングに少佐が簡単な朝食を用意してくれていた。トーストと卵料理と果物だ。彼女がシャワーを浴びている間に食事を済ませた。デネロスも少し遅れて風呂を上がり、朝食の席に加わった。上官を待ったりしない。時間に制限がある時は効率よく動くのだ。シオドアはリビングのソファで寝ることにして、デネロスに客間を譲った。寝る前にふと思いついてアリアナに電話をかけた。まだ6時半で彼女はベッドの中にいて、電話で起こされたことに文句を言ったが、シオドアがシャツの着替えを大学へ持って来るよう依頼すると引き受けてくれた。
 バイトは上手くいったらしい。ムリリョ博士から連絡はなく、シオドアはエアコンが効いた室内で短時間だがぐっすり眠れた。
 8時過ぎに少佐が何処かに電話をかける声が聞こえた。シオドアは彼女の声が楽しそうだったので、安心してまた眠り、9時に起こされた。
 起きるとデネロス少尉はいなかった。少佐がコーヒーを淹れてくれながら説明した。

「ロホに指揮代行を頼みました。ついでにマハルダを拾って先に出勤してもらいました。」
「君が電話をかけていた相手はロホだったのか。」
「誰だと思ったのです?」
「ムリリョ博士に仕事の結果報告でもしているのかと思った。」
「その必要はありません。貴方が残したメモで彼はわかります。」

 シオドアは熱いコーヒーを啜った。生き返った気分だ。

「昨夜、君は心を何処かに飛ばしていたね。ステファンに何かあったのかい?」
「彼が大きな気を放ったので、何かあったのかと思って様子を見に行ったのです。」
「ムリリョとマハルダは感じなかったみたいだね。」
「部族が違いますから。」

 少佐もコーヒーを一口飲んだ。

「何もなかったので安堵しました。少し相手が悪かったのです。」
「ムリリョと同じ部族の人か?」
「スィ。マスケゴ族の男で、シショカと言います。建設大臣の秘書をしていますが、純血至上主義者で”砂の民”です。」
「ムリリョの手下?」
「ノ。”砂の民”ですが、単独で長老会の指図でのみ動く男です。ムリリョ博士の指図で動く組織には入っていません。ですが、マスケゴ族の長老としてのムリリョ博士の指図には従います。」

 ”ヴェルデ・シエロ”が一枚岩でないことをシオドアは知っている。そして、ややこしい掟も存在するのだ。

「殺し屋だね? 殺し屋がステファンに何かしようとしたのか?」
「まだカルロと話をしていないので詳細がわかりませんが、襲撃したのではなさそうです。何らかの理由で出会って、売り言葉に買い言葉で口論でもしたのではありませんか。」
「それでステファンが腹を立てて気を放ったのか・・・」

 シオドアはアメリカの遺伝病理学研究所がステファンを拉致・監禁した時のことを思い出した。シオドアの義理の弟エルネスト・ゲイルがステファンを怒らせ、医療検査機器を破壊させてしまったのだ。
 少佐がカップをテーブルに置いた。

「そろそろ大学へ行きましょう。カップはそのままで良いですよ。メイドが後から来ますから。」


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