シオドアはうとうとしかけた時に、扉の向こうの声を再び聞いた。耳を澄ましてもはっきり聞こえない。隣のデネロスを見ると、少尉は寝ていた。彼は懐中電灯でタブレットを照らし、聞こえる音を文字に置き換えようとした。しかし耳に入ると言うより脳に直接来る声は文字に置き換え辛かった。子音ばかりを打って、欠伸が出た。こんなこと、毎晩やってられるか!
扉の向こうでは相変わらず10人だか20人だかザワザワと声がしている。シオドアは寝袋から這い出した。扉ににじり寄り、耳をくっつけたが、それでも言葉らしきものは聞き取れない。声が聞こえるだけだ。俺に巫女の才能なんかないのに、無理だろう。
顔を扉から離したら、すぐ隣でケツァル少佐も耳を扉に付けていたので、びっくりした。危うく声を出しそうになって口を自分で抑えた。タブレットにメッセを打ち込んだ。
ーーなにやってんだ?
少佐が顔を扉から離した。シオドアのタブレットにメッセを書き込んだ。
ーー聞こうとしていました。
ーー君は聞けないだろう!
その時、デネロスがうーんと声を出した。扉の向こうが静かになった。少佐が開き直って声を出した。
「解決策を考えないと、明日もまたここで寝る羽目になります。」
「君が付き合うことはないさ。俺が引き受けたんだから。」
「貴方を一人でこんな場所に置いておきたくありません。」
「それって、俺を心配してくれている訳?」
暗闇の中で少佐がぷいと横を向いた。きっと赤くなっている、とシオドアは勝手に決めつけた。
「言葉が伝えられないのなら、何か身体的な差があれば良いんだがなぁ。ミイラではそれも無理か・・・そもそも生きている”シエロ”と”ティエラ”の身体的差もないもんなぁ。」
2人は暫く黙って座っていた。後ろでデネロス少尉がスースーと寝息を立てていた。自分で志願しておきながら、先に寝落ちしてしまっているのだ。少佐は怒る気力がないらしい。ここで眠らせておかないと次の日の業務に支障が出るのは目に見えていた。
シオドアは記録した子音だけのメモを眺めた。ムリリョは”ヴェルデ・シエロ”のミイラを入れると”ヴェルデ・ティエラ”のミイラ達が穏やかに眠れないと言った。それは亡者、幽霊達も同じではないのか? 生きている”ヴェルデ・シエロ”が地下保管室に入った時、幽霊達はどんな反応をしているのだ? シオドアには幽霊の姿が見えない。だから彼等がムリリョやケツァル少佐が入室した時に示す反応が見えない。”ヴェルデ・ティエラ”の幽霊は生きている”ヴェルデ・シエロ”には平気なのか? それとも敬遠するのか?
「少佐、君は昨日ここへ来た時、幽霊を見たんだろ?」
少佐がこっくり頷いた。彼が何を言い出すのか推し測ろうとしているのか、ちょっと不安げな雰囲気だ。
「何人いた? 君が見た幽霊は何人だった?」
すると彼女は小さな声で答えた。
「3人でした。」
「俺が聞く声はいつも10人とか20人だ。」
「だから?」
「喋っている幽霊は”ヴェルデ・シエロ”も”ヴェルデ・ティエラ”も入り混じっているに違いない。だけど、俺達が入った時、”ヴェルデ・ティエラ”は隠れた筈だ。生きている”ヴェルデ・シエロ”が2人に増えたからだ。ムリリョ博士は毎日ここにいるから連中は平気なんだろうけど、新顔で能力が強い君が加わったので、”ヴェルデ・ティエラ”の幽霊は体に戻った。残ったのが”ヴェルデ・シエロ”だ。その3人がどのミイラのものか、確認するんだ。」
「私が?!」
「俺には見えないから。」
シオドアが立ち上がって扉に手をかけたので、ケツァル少佐が焦った。階段の照明が灯った。
「うん?」
明るくなったために、デネロスが目を覚ました。眩しそうに目を細めて、シオドアと少佐を見上げた。
「もう朝ですか?」
少佐が何か言う前に、シオドアは素早く話しかけた。
「まだ夜中だよ。これから中に入る。一緒に来るかい?」
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