2021/07/21

博物館  2

  スペインではバルが開く迄まだ2時間程あるに違いないのだが、セルバ共和国ではまだ日が沈む前から酒類を提供する店が営業を始める。シオドア達の監視役である運転手は、大統領警護隊文化保護担当部が責任を持つと言うステファン大尉の言葉に、素直に先に帰ってしまった。アリアナは夜遊びの服装に着替えたかったが、ケツァル少佐もデネロス少尉も昼間のままの服装だったので、気にしないことにした。恐らく彼女達がアリアナに合わせてくれているのだろうと想像はついたが。ステファン、ロホ、アスルの3人が額を寄せ合って相談していたので、シオドアが仲間に入ろうとすると、駄目だと言われた。

「俺は除け者かい?」

とシオドアが抗議すると、アスルがぶっきらぼうに応えた。

「車を持っていないからだ。」

 つまり、誰が飲まずに我慢するかの相談だったのだ。シオドアは一同を見て首を傾げた。

「7人だぞ。1台で足りるのか?」
「足りますよ。」

と少佐が言った。

「貴方の家で飲むのですから。」
「はぁ?」

 シオドアの間が抜けた声に、アリアナが笑い出した。ロホが買い出しを担当するので先に行ってくれと言い、デネロスがついて行くと言い出した。

「男の人に買い物を任せたら、甘い物を忘れるんだもの。」
「それじゃ、私の車を使え。バイクじゃ2人乗りに荷物を抱えては危ない。」

 ステファンが車のキーをロホに投げ渡した。
 結局ケツァル少佐のベンツにシオドア、アリアナ、アスル、少佐が乗り込んでステファン大尉が運転してシオドア達の家に向かった。少佐がアリアナに助手席に座って下さいと言ったので、アリアナは一瞬何か裏でもあるのかと勘繰ってしまった。しかし少佐はただ彼女に家迄のナビを頼んだだけだった。ちょっとドキドキしながら助手席に座ったアリアナにステファンが尋ねた。

「自宅迄の道順を覚えておられますか?」
「大丈夫、運転手任せでぼーっと座っている訳じゃないのよ。」

 アリアナは普通に話せて、自分でホッとした。後部席ではシオドアが少佐とアスルに挟まれて窮屈な思いをしていた。少佐は彼女の車なので態度がでかい。シオドアはアスルにくっつく位置で座らねばならなかった。もし少佐に体を寄せようものなら、アスルに噛みつかれるのではないかと思った。
 運転手付きの車は門扉のリモコンを装備しているが、少佐のベンツにはない。シオドアが携帯電話を出したので、アスルが尋ねた。

「中から開けてもらうつもりか?」
「否、携帯でリモコンを使える様に、自分で設定したんだ。」
「・・・なら良い。」

 多分、アスルはミカエル・アンゲルス邸の門で見せた念力に似た力を使うつもりだったのだろう、とシオドアは思った。
 小さな家の狭い庭にベンツが乗り入れた。先に帰宅していた運転手が驚いて外へ出て来た。最初に車から降りたアスルが彼に声を掛けた。

「夜は君が警護に当たるのか?」
「ノ、私は車を車庫に入れたところでした。メイドも今夜は早めに帰しました。夜間の警護は後1時間で来ます。私と交替です。」

 運転手は相手が”エル・パハロ・ヴェルデ”だと気が付いて、緊張した面持ちだった。だからシオドアに続いてケツァル少佐が、アリアナとステファン大尉が降車したので、さらにびっくりした様子だ。

「今夜は我々がいる。交替を待つ必要はない。帰ってよろしい。」

 ステファン大尉に2回も同じことを言われて、運転手は慌てて家から鞄を取って来た。そして自転車に乗ると急いで帰って行った。
 アリアナが最初に家に入り、照明を点けた。

「いつも貴女が最初に家に入るのですか?」

 いつの間にかステファンが横にいたので、彼女はもう少しで跳び上がりそうになった。

「いいえ、いつもはメイドがいます。今日は早く帰ってもらったから・・・」
「中が暗い時は、ドクトルに先に入ってもらいなさい。」

 彼の気遣いに彼女はまた胸がときめいてしまった。照れ隠しに彼女は言った。

「もうドクトルやドクトラは止して、ステファン大尉。テオとアリアナで良いわ。」
「では、私もカルロと呼んで下さい。文化保護担当部では、オフの時間は皆んな階級に関係なく名前で呼び合っていますから。」

 アリアナは頬が赤くなっていないか心配しながら、「わかったわ」と呟いた。
 ケツァル少佐は早速他人の家の中を探検し始めた。リビングをぐるりと一周して、キッチン、メイドの休憩室、シオドアとアリアナのそれぞれの寝室、書斎、バスルーム、物置代わりのロフト、最後に地下室まで覗いた。シオドアは彼女について歩きながら、彼女が何をしているのかわかったので、黙っていた。
 2人がリビングに戻ると、アリアナがステファン大尉に手伝わせて飲み会の準備をしていた。テーブルの上にグラスと小皿を運び、椅子を集めて来た。買い出し班がまだ現れないので、彼女は冷蔵庫からワインの瓶を持ってきた。シオドアがその栓を抜いた時、アスルが入って来た。少佐と目と目を見合わせて何か話し合った。それでシオドアは何故彼等がこの家で飲み会をするのか理解した。政府の役人が用意した家のセキュリティの完成度を測っているのだ。果たして、少佐がリビングの壁のコンセントから盗聴器を一つ取り出した。機械に向かって囁いた。

「この家に誰が客として招かれるのか、承知の上でやっているのですか?」

 そして床に盗聴器を落とすと踏み潰した。アリアナがびっくりしてシオドアを見た。

「ここでも盗聴されていたの?」
「うん。でも、エルネストじゃないことは確かだ。」
「内務大臣のパルトロメ・イグレシアスだ。」

とアスルが言った。

「スパイの疑いがある難民がいるキャンプや、セルバ共和国にあまり友好的でない国の要人訪問時の宿舎に盗聴器を仕掛けるのが好きな男だ。庭の植え込みにも、道路ではなくこの家の庭だけを撮影しているCCTVがあった。」

 アリアナが溜め息をついた。少佐が彼女を慰めた。

「庭のカメラは我慢して下さい。防犯に役立ちますから。」
「グラシャス。」

 ステファン大尉がシオドアに囁いた。

「内務大臣の弟は建設大臣のマリオ・イグレシアスです。弟が難民キャンプを設営したり、要人宿舎の防犯設備の検査を役人にさせます。その時に兄の部下が盗聴器や監視カメラを仕掛けるのです。」
「仲が良い兄弟なんだな。」

 シオドアが皮肉を言ったら、それが気に入ったのか、アスルがニヤッと笑った。
 そこへ、ロホとデネロスがステファン大尉のビートルで買い出しから戻って来た。

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第11部  紅い水晶     19

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