2021/07/21

博物館  3

  ロホの行きつけのバルのテイクアウト料理はとても美味しかった。ワインやシェリー酒、ビールと度数は高くないが酒の種類も多く、シオドアもアリアナも久しぶりに食事とアルコールに堪能した。アスルは意外にお酒に弱いのか、満腹になるとあまり時間が経たないうちに居眠りを始めた。

「ここにアルコールで堕落したインディヘナがいるぞ。」

ご機嫌のステファンがアスルを見て呟き、ロホが

「酔っ払いは留置場へ入れないと・・・」

と言った。シオドアが自分の寝室を指差した。

「俺の部屋で良ければ、彼をぶち込んでおけば?」
「そうしよう。」
「床に転がしておこう。後で踏まない様に気をつけて。」

 大尉と中尉が両側から少尉を支え、半ば引きずってシオドアの寝室へ連れて行った。それを見ながらケツァル少佐はソファの上であぐらをかいて、抱えたサラダのボウルから野菜や豆を摘んでいた。シオドアは彼女だけが飲んでいないことに気がついた。男達はあれだけ相談したにも関わらず、全員が飲んでしまっていたのだ。シオドアは彼女の隣に座った。

「君も飲みたかったんじゃないの?」
「部下達に先を超されました。」
「飲めば? 泊まっていけば良いさ。明日は休日だろう?」
「私が飲めば全員がここに泊まることになりますよ。」

 床のカーペットの上に座り込んだアリアナとデネロスが、何が可笑しいのか、ケラケラ笑いながらスナック菓子を食べていた。シオドアは言った。

「いいさ、全員泊まって行けよ。まさか、ママに叱られるって訳じゃないだろう?」
「大統領警護隊の官舎には門限と言うものがあります。」

 少佐が顎でデネロスを指した。

「マハルダとロホは官舎に住んでいます。」
「アスルは?」
「商店街に下宿があります。彼は士官学校時代に知り合った歯科医とルームシェアをして住んでいるのです。シェア友が頻繁に女友達を取り替えるので、うんざりしてあまり帰りませんが。」
「それじゃ、彼は普段は何処で寝泊まりしているんだ?」
「本人に訊いて下さい。」

 その時、デネロスがシオドアを呼んだ。シオドアが2人の女性のそばに行くと、デネロスがキャベツの形をしたクッキーの様なお菓子を見せた。それから人の顔をしたお菓子を見せて、最後に蒸した貝のお摘みを差し出した。意味が分からなくてシオドアがキョトンとしていると、アリアナが笑った。

「足し算ね。」
「スィ。」

 ますます意味が分からなくてシオドアが頭を抱えていると、寝室からステファンが出てきた。彼はまだご機嫌で、リビングに入るといきなりアリアナを抱え上げたので、彼女はびっくりして声を出せなかった。シオドアも唖然として彼を見上げた。ステファンは彼女をソファの上に投げ出す様に座らせ、彼女と少佐の間に自分の体を押し込めた。デネロスが彼を揶揄った。

「両手に花ね、カルロ。」
「君も膝に来るかい?」
「それって、セクハラよ。少佐が怒り出す前に、席を移動しなさい。」

 何故か一番若いデネロスが一番アルコールに強い様だ。互いに名前で呼び合っているのに、少佐だけは少佐なんだ、とシオドアは思った。
 ステファンが少佐を見た。

「怒ってます?」

 少佐が豆を口に入れてポリポリと音を立てて食べてから言った。

「ドクトラを怖がらせましたね。」

 実際、アリアナはちょっと怖かった。湖の岸辺で見つけた黒い猫は衰弱して寒さと傷の痛みで震えていた。しかし、今彼女の隣に座っているのは、力強い軍人で酔っ払っていた。
 シオドアはステファンがちょっと縮こまった様に思えた。急激に酔いが醒めたと言うべきか? ステファンがソファから離れた。

「すみません。浮かれてしまいました。」

 ちょっと罰が悪そうだ。少佐が時計を見た。

「そろそろお暇しましょう。門限迄にロホとマハルダを送らなければなりません。」
「アスルは置いて行って良いぞ。」

とシオドアは言って、寝室の方を見た。ロホはどうしたんだ? 彼の疑問に答えるかの様にステファンが少佐に言った。

「ロホも寝てしまいました。」

 少佐がボウルから顔を上げた。そして一言、誰に言うでもなく命令した。

「起こせ!」


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

マハルダちゃんの足し算
キャベツ col + 顔 cara = カタツムリ  caracol

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