昼食の場所に指定されたカフェにシオドアが到着すると、既にケツァル少佐と2人の部下、それにアリアナがテーブルに着いて待っていた。アリアナがいたのでシオドアはびっくりした。彼女が文化保護担当部を訪問するとは聞いていなかった。しかもステファン大尉の向かいの席だ。大尉の隣は当然ながらケツァル少佐で、メニューを見ることもなく、アリアナに苦手な食べ物はありませんかと訊いているところだった。少佐の向かいでアリアナの隣に座っているデネロス少尉がシオドアに気が付いて手を振ってくれた。シオドアはアリアナの隣に座った。彼が来たので、女性3人に押され気味だったステファン大尉がホッとした表情で微笑みかけてきた。
「ムリリョ博士のアルバイトを引き受けられたそうで?」
「スィ。それで悩んでいる。」
するとデネロスがニッコリして言った。
「このお店は何を喋っても大丈夫、店の人も客も口が固いから。」
シオドアは店内を見まわした。従業員も客も普通の人々に見えた。どこにでもいる善良な市民だ。客は商社関係か省庁関係の人間ばかりだ。のんびりお昼休みを過ごしている人がいれば、書類を間に置いて商談している風の人もいる。パソコンを置いて仕事中の女性は通りかかったウェイターにコーヒーのお代わりを頼んだ。
少佐が早口で数種類の料理を頼んだ。何を頼んだのか分からなかったが、ステファン大尉もデネロス少尉も異を唱えなかったので、無難なものだろうとシオドアは思った。
デネロスがシオドアが受けたバイトの内容に興味を抱いて質問してきたので、シオドアは朝アリアナにした説明をもう少し詳しく話した。
「セルバ国立民族博物館が建て替えられるので、その間所蔵品を別の場所に保管するんだ。地下室に保存されているミイラも引っ越しさせるんだが、その時に部族毎に分けたいと館長が希望している。」
「DNA鑑定をするの?」
とアリアナが至極当然の様に尋ねた。
「ノ。ミイラを傷つけるなと言う館長の厳命だ。だから困っている。」
「見て分からないの? 例えば出土場所で分けるとか、埋葬方法の違いで分けるとか?」
彼女の質問はもっともだ。他所の国の博物館はそうやってミイラを分けている。その問いにステファン大尉がデネロス少尉を見て目で何か伝えた。デネロス少尉が文化保護担当部を代表して答えた。
「ミイラの出土場所は多くありません。何故なら、違う時代の遺体が同じ場所に埋葬されたからです。国立博物館で保存されている遺体の多くは、今から15世紀以上昔のものです。一番古いものは紀元前3世紀半ばのものと考えられています。つまり、凡そ800年間、同じ場所が墓所として使用され、使った部族も時代毎に変化しています。一方、遺体は古い者から順番に安置されたとは考えられにくく、隙間に適当に入れられた感があります。副葬品を置く風習が当時なかったので、遺体だけで時代や部族を特定するのは難しいのであります。」
多分、教科書のまる覚えだ、とシオドアは思った。少佐と大尉が顔を見合わせ、肩をすくめ合った。大体合っている、と大尉が先輩らしく頷いた。そこへ料理が続々と運ばれてきた。今夜の夕食を簡単に済ませなければならないシオドアの為に、少佐が色々と注文してくれたのだが、支払いは誰がするのだろうか?
アリアナが科学者らしくさらに質問を続けた。
「毛髪 の 炭素・窒素安定同位体比 や 放射性炭素年代測定とかは?」
「それじゃ出身部族の特定は難しいよ、アリアナ。時代毎に部族が入れ替わった訳じゃないだろう?」
「それに、 炭素・窒素安定同位体比 や 放射性炭素年代測定は外国の調査機関に依頼しなければなりません。我が国にそんな設備はないのです。」
と少佐。兎に角、とシオドアは投げ槍な気分で言った。
「館長は、俺に亡者の声を聞けと言うんだ。」
「亡者?」
アリアナが怪訝な表情で一同を見た。
「ミイラが喋るの?」
馬鹿馬鹿しい、と彼女は笑い、”ヴェルデ・シエロ”達も笑ったのでシオドアはそれ以上説明しなかった。デネロスが無邪気に上官に尋ねた。
「少佐もそのバイトに付き合われるのですか?」
少佐の笑顔が固まった。ステファン大尉が口に入れたスープに異物でも入っていたのか、ナプキンで口元を抑えた。多分、吹き出しそうになったのだ。シオドアは故意に優しく少佐に言ったみた。
「無理に付き合ってもらわなくて良いんだ、少佐。俺は大勢の亡者に囲まれて朝まで気絶して過ごすから。」
昨夜彼の手をギュッと握ってきた彼女の手の感触が蘇った。女性に頼られるって良いもんだ。
デネロスが体を乗り出した。
「私も行って良いですか?」
え? と残りの4人全員で彼女を見た。銘々が咎める口調で言った。
「遊びに行くんじゃないぞ。」
「夜中の博物館よ、マハルダ。」
「ミイラの山だぞ!」
「まだ修行中でしょ!」
しかしマハルダ・デネロス少尉はケロッとした顔で言った。
「だって、ミイラは動かないし、悪さしないし、棚の上で座っているだけじゃないですか。」
「そうだけど・・・」
「現場に行ってみたら、何か分別方法が思い浮かぶかも知れません。」
彼女は期待を込めて上官を見た。シオドアも少佐を見た。ステファンは上官を見ないようにして、豆のペーストを焼いたパンに塗り始めた。アリアナは事態がどう動くのかとテーブルの同席者達を見比べた。
ケツァル少佐が脱力した。
「わかりました。デネロスが行くなら私も行きます。1930に博物館の玄関に集合。但し、バイト代をもらえるのは、ドクトルだけですよ。」
「承知しましたぁ!」
デネロスが座ったまま敬礼したので、上官2人は苦笑いするしかなかった。ステファンが豆ペーストを塗ったトーストをアリアナと少佐に分けた。デネロスは部下なので貰えない。女性達が料理の食べ方をアリアナにレクチャー始めた隙に、ステファンがシオドアに目配せして席を立った。シオドアは彼が話があると言った様な気がして、席を立って着いて行った。
ウォーターサーバーでグラスに水を汲みながらステファンはシオドアに囁いた。
「少佐の苦手なものをご存知ですか?」
シオドアはニヤッと笑ってしまった。
「無害な幽霊だね?」
「スィ。何もしないでただそこにいるだけの亡者が、彼女は大嫌いなのです。戦えないし、蹴散らせない、文句も言えない、そんな相手が彼女は一番怖いんです。」
「大丈夫、マハルダにバレない様に、少佐を守ってやるよ。」
「お願いします。」
抑えた、しかし切実な声に、シオドアは苦笑した。そして思った。君は本当に彼女をよく理解しているんだなぁ、と。
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