1930、即ち午後7時半、シオドアはセルバ国立民族博物館の玄関でケツァル少佐とデネロス少尉と落ち合った。こんな場合、友人が時間に正確な軍人であることは喜ばしい。2人の女性は寝袋を持参していた。シオドアが仕事をする間に寝る魂胆だ。一応彼の分も持って来てくれてはいたが。
ムリリョ博士はシオドアが一人で来るものと思っていたので、女性が2人もやって来てむっつり顔がさらに硬くなった。しかも一人はメスティーソだ。
「儂は子供を雇った覚えはないぞ、ケツァル。」
少佐が言い訳した。
「デネロス少尉に発掘現場へ出る訓練を受けさせます。今夜はそのリハーサルです。」
デネロスは作法を守って黙っていた。シオドアは博士が彼の方を向いたので、ドキリとした。ミイラや亡者を怖がって女性に助っ人を頼んだのではないかと疑われた様な気がした。シオドアは直接話しかけて良いのだろうかと一瞬迷った。しかしもう初対面の段階は過ぎていた。彼は言った。
「遺跡の中での野営を想定した訓練だそうです。」
ムリリョ博士は何も言わずに視線をデネロスに戻した。ジロジロと眺め、それからケツァル少佐に向き直った。
「何処の娘だ?」
「ワタンカフラのブーカ族です。」
デネロス自身が説明を追加した。
「8分の1ブーカです。後は”ティエラ”とスペインが半々・・・」
勝手に喋るなっつうの! ケツァル少佐が苦い顔をした。しかし、ムリリョ博士はこう言った。
「お前の部下は面白い連中ばかりだな、”ラ・パンテラ・ヴェルデ”。」
部下って? シオドアはムッとした。俺は少佐の友達であって部下じゃない。それに”ラ・パンテラ・ヴェルデ”って? ”緑の豹”?
ムリリョは若い娘に興味津々だった。今度は直接デネロスに質問した。
「お前は”ツィンル”か? ナワルは何だ?」
「スィ、私は”ツィンル”です。ナワルはちっちゃいんですけど、オセロットです。」
怖いもの知らずで、デネロスがハキハキと答えた。シオドアはムリリョの表情が和らいだのでびっくりした。 老博士が呟いた。
「美しく獰猛な精霊よ。ケツァル・・・」
返事がなかった。シオドアは少佐を振り返った。ムリリョとデネロスも少佐を見た。 ケツァル少佐は壁にもたれかかって空を見ていた。目を開けたまま気絶しているのか? シオドアが声をかけようとすると、ムリリョが制した。
「心を飛ばしている。邪魔をするな。」
ケツァル少佐が瞬きした。そして3人が彼女を見つめていることに気がついた。
「失礼しました。」
と少佐が謝った。ムリリョが尋ねた。
「誰かに呼ばれたのか?」
「呼ばれたのではありません。大きな気の放出を感じたので様子を見に行っただけです。」
少佐は博士を見つめた。
「私の部下にあの建設省の犬を近づけないで下さい。」
誰のことを言っているのだろう? シオドアはデネロスを見た。デネロスは心当たりがあるようで、不安げな顔をした。ムリリョが半眼で少佐を見た。
「お前の部下? あの半分だけのグラダか? あの男に儂の身内が近づいたと言うのか?」
半分だけのグラダ? ステファン大尉のことだ。シオドアは不安に襲われた。また大尉が狙われたのだろうか。しかし少佐はそう言うことには言及しなかった。
「貴方の身内は不用意に何かを言って、私の部下を怒らせたようです。言動に注意を払うよう躾けておいて下さい。次に彼を怒らせたら、命の保証はありません。まだあの子は抑制が効かないのですから。」
離れた場所にいるケツァル少佐にわかる程ステファン大尉が怒りの気を放出したのか。シオドアは、「建設省の犬」と呼ばれた人物が一体何を言ったのだろうと思った。きっと純血至上主義者がメスティーソを侮辱したのだろう。
ムリリョ博士が溜め息をついた。
「あれには手を出すなと配下に言ってある。言葉のやり取りで問題があったのだろう。後で問い質しておく。」
そして彼は地下室へ降りる階段を振り返った。
「では、ミイラ共をよろしく頼む。」
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