2021/07/17

聖夜 3

  食事が終わると、大使が客人に部屋を用意させていると伝えた。

「客間は3部屋あります。お好きな部屋を使って下さい。衣類も着替えた方が良いでしょう。」

 富豪の家は初体験だ。シオドアとアリアナはそれぞれ男性用女性用の衣装部屋に案内された。パーティーなどで来客が宿泊する時に利用するのだと言う。ステファン大尉も当初は遠慮していたが、いつまでも警備兵の制服を着ている訳にいかないので、シオドアと一緒に服を選んだ。人前に出る訳ではないので軽装だ。着替える時、大尉の脇腹の傷がすっかり塞がっていたのでシオドアは感心した。彼も傷の治りが早いが、これは驚異的だ。

「俺たちが大使の執務室に落っこちた時、大使の横にもう1人いたね?」

と話しかけると、大尉は出来るだけ質素な服を探し出してサイズを点検しながら応えた。

「大統領警護隊海外警備部のファルコ少佐です。」
「大使館付きの武官か。」
「スィ。エリート中のエリートです。」
「当然”ツィンル”なんだな。彼は君の救出作戦に全く関わっていなかったのか? 無関心に見えたけど・・・」
「私の任務は外交官が直接関与してはいけないものでした。私とカメルはこちらへ入国して直ぐに大使館に身分証を預けた後、任務完了まで一切大使館に接触してはいけなかったのです。難局に面しても助けを求めることを許されていませんでした。」
「だが、ファルコ少佐は君達の任務を知っていたんだろ?」
「スィ。ですが彼は恐らく死ぬ迄知っていたとは言わないでしょう。」
「セルバ共和国政府はそうまでして自国の秘密を守りたい訳だ。 だけど、今夜ぐらい君に一言苦労を労う言葉をかけても良さそうなものだ。」
 
 シオドアも大尉が探し出した服と同じタイプの物を近くのハンガーで見つけた。フリルが付いていないシャツとラメが付いていないジャケットとズボンだ。それから寝るためのパジャマを見つけた。大尉はパジャマは好きでないらしく、Tシャツとトランクスで十分の様だ。

「ファルコ少佐は、私が警護隊の訓練所を卒業する時に、私を採用しようとして下さった方です。」

とステファンは言った。

「混血の”出来損ない”の隊員の多くは、大統領府の警備で現役時代を終えます。海外警備部にスカウトされるのは大変名誉なことです。純血種でも滅多に呼ばれません。」
「そうだろうね。」
「私は外国語の成績が良かったので、少佐のお眼鏡にかなったのです。しかし・・・」

 大尉は溜め息をついた。

「他人の出世を妬む連中は何処にでもいます。誰かが、私が軍隊に入る前はスラム街でケチな犯罪を犯して暮らしていた過去を持っていると、少佐に告げ口したらしいのです。」
「それで、海外勤務の話はアウトか・・・」
「ええ・・・今回の任務は泥棒行脚でした。ファルコ少佐は私を見て、あの時採用しなかったのは正解だったと思われたことでしょう。」
「そうかな・・・泥棒に見せかけて盗難品を回収するのは非常に危険な任務じゃないか。それを任されるって言うことは、君の司令官が君を信頼していたからだろう?」
「そうですが・・・」

 彼は独り言の様に言った。

「私1人だったらもっと早く終わって帰れた筈なのに、何故カメル軍曹が一緒だったのか未だに理解出来ません。」
「ケツァル少佐はカメルが誰かに操られていたのだろうと考えている。”操心”はとても高度な術だそうだね。」
「スィ。今日、研究所から逃げる時に少佐は研究所全体に私達を無視すると言う術をかけました。それでもかからない人間が何人かいました。それに彼女の術は1時間ほどで効力がなくなります。ですが、カメルは国を出てから警官隊に撃たれる迄2ヶ月以上もかけられたままだったと考えられます。普通の”ツィンル”では不可能な力です。」
「カメルを君達に紹介した特殊部隊の司令官が彼を操ったのではないのか?」
「特殊部隊の司令官はチコ・ディノイ大佐です。まだ長老と呼ばれる年齢ではないし、そんな術を使える修行をした様には思えない。軍隊の中は外の人が考えるより忙しいのです。ママコナから教わる以外の術を修行する時間など取れません。」
「それじゃ、その大佐を操った人間がその上にいるのさ。」

 2人は楽な服装に着替えて、寝間着と翌日の服を持って衣装部屋から出た。すると丁度アリアナも服を抱えて出てきた。ちょっと浮かれていた。

「まるでシンデラになった気分。選り取り見取りに選んでって言われて迷っちゃった。」

 恥ずかしそうに笑って見せる顔を見て、シオドアは可愛いと思った。”妹”がこんな無邪気な笑顔を見せるのは何年振りだろう。

「まさかドレスを選んだんじゃないだろうな?」

 シオドアがからかうと、彼女は「ノ」と言った。そして疲れたからもう寝ると告げた。

「角部屋を使わせてね。朝日を見たいの。」

 彼女は男達にお休みと言った。ステファン大尉がドクトラと呼びかけた。

「色々と有り難うございました。」

 アリアナは振り返らずに手を振って廊下の奥へ歩き去った。彼女は昨晩大尉とどう過ごしたのか言わなかった。大尉も口をつぐんでいる。だからシオドアも訊かなかった。少佐も察しているのだ。

「君はどっちの部屋を使う?」

とシオドアが尋ねると、大尉は首を振った。

「私は廊下で十分です。」
「冗談だろう?」

 シオドアは笑った。

「今はそんな時代じゃないぜ。」
「私は客ではありません。」
「そう、客ではありません。」

 いつの間にか後ろにケツァル少佐が立っていた。両手に何か布の塊を抱えていた。

「カルロ、ハンモックを張るので手伝いなさい。」
「承知しました、少佐。」

 少佐の後ろを付いて歩きかけた大尉にシオドアが訊いた。

「どっちの部屋で寝るんだ、ステファン?」

 すると少佐が答えた。

「決まっているでしょう、私の部屋です。」
「はぁ?」

 ぽかんとするシオドアを無視して少佐は部下に命じた。

「私のベッドを使いなさい。」
「・・・承知しました。」

 シオドアは精一杯皮肉を言ってみた。

「襲うなよ。」

 ステファンが振り返って言い返した。

「そんなことをしたら大使に銃殺されます。」




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