2021/08/01

礼拝堂  13

 「一度人間の血の味を覚えたジャガーは再び人間を襲う。”ヴェルデ・シエロ”も同じだ。一度能力で人を殺すと、それが簡単だと知る。儂等”砂の民”が能力を直接使って暗殺を行わぬのは、それが理由だ。シュカワラスキ・マナは結界内で”砂の民”を狩り始めた。儂が知る限りで4人殺害された。儂が生き延びられたのは、運が良かったからだ。マナの追跡を何度かかわし、儂は鉱山の迷路の様な坑道を逃げ、地下の水流を利用して遂にマナの結界の外に逃れ出た。
 それから2年間、膠着状態が続いた。その間に、カタリナが3人目の子を産んだ。男の子だった。ママコナはそれを知ったが、彼女は既に高齢で”出来損ない”の頭に語りかける強さも残っていなかった。それにマナの結界はまだ生きていた。ママコナはマナが息子に何をするのか心配しながらも、我々に赤ん坊には手を出すなと言い残し、この世を去った。
 皮肉なことに、彼女の崩御をマナはその大神官の力で知った。そして動揺したのだ。彼にとってママコナは親を殺した仇であると同時に、育ての親であり、師だった。彼は悲嘆に暮れ、結界が崩れた。」

 ムリリョは温くなったジュースを飲み干した。

「”砂の民”が一挙にオルガ・グランデの街に侵入した。儂はステファンの家を真っ先に抑えた。人質と言うより、保護したつもりだ。”砂の民”は連携して活動するのではないからな。他のメンバーがステファン家の女子供を人質に取れば惨劇が広がる予感がしたのだ。カタリナの父親は儂に協力してくれた。娘と孫がマナと会うことを禁じて、他の”砂の民”に出来るだけ存在を知られぬよう隠したのだ。
 儂等はマナを坑道に追い込み、戦いの場は地下に移された。地上の”ヴェルデ・ティエラ”に被害を及ぼさぬよう、儂等なりの努力だ。暗闇の中での戦いは2年続いた。」

 ムリリョがステファンに話しかけた。

「お前は父親を覚えておらぬだろう?」

 ステファンが唇を噛み締めたまま同意した。

「マナは2年間、地上に出なかったからな。」
「でも食い物が必要でしょう?」

とシオドアが素朴な疑問を出した。ムリリョはあっさり答えを出した。

「カタリナがこっそりと井戸の穴から援助していたのだ。お前の母親は大人しく見えて、なかなか勇敢な女だぞ、黒猫。」
「カルロと呼んでやって下さいよ、博士。猫じゃなくてジャガーなんだし。」

 シオドアがステファンを気遣って言った。ケツァル少佐が彼を見て、ちょっと微笑して見せた。ムリリョはしかし冷たく言った。

「もう一度ナワルを己の意思で使えたら、エル・ジャガー・ネグロと呼んでやる。」

 そして2人のシュカワラスキ・マナの子供達を眺めた。

「カタリナは井戸を下りて夫と密会していたのだ。そして4人目の子を孕った。身重の体では井戸を下りられぬ。援助を続けられなくなったカタリナは、監視していた儂に遂に井戸の密会を打ち明けた。マナを助けてやって欲しいと。
 当時のママコナはまだ2歳だった。大罪を犯した者への免罪を考えることも出来なかった。だから儂は井戸を下りて、マナに会った。彼に、長老会に投降してひたすら助命嘆願せよと忠告した。息子と次に生まれてくる子供の為に生きることだけ考えよと言った。」

 少佐とステファンが同時にムリリョを見つめた。シオドアは彼等が同じ質問をしたと感じた。「父はなんと答えたのか?」と。

「マナは考えさせてくれと儂に言った。それで儂は井戸から地上へ戻った。翌日、マナは投降したのだ。家族に手を出さぬと言う条件のみで、”砂の民”の頭目に捕縛された。5人もの人間を殺害したマナを生かしておけないと思う者は多かった。しかし投降した者を殺すことは出来なかった。直接能力を使って死なせることは出来ぬからな。”砂の民”達は、長老会の裁きをマナに受けさせることにした。少なくとも、公平な裁判の場を与えてやろうと話がまとまった。護送にはブーカ族の能力が必要だった。空間の通路を使わなければ、マナの様な能力の人間をグラダ・シティ迄連行することは不可能だった。
 グラダ・シティから派遣されて来たのは、トゥパル・スワレと言う男だった。彼は、エルネンツォの同母の弟だった。」
「それは・・・」

 シオドアは呟いた。それはマズイんじゃないのか? 

「マナは捕縛された後2日間抑制効果のあるタバコの葉で燻され、意識が朦朧となっていた。トゥパルは縛られた彼を連れて”入り口”に入った。」

 ムリリョが天井を見上げた。

「儂が生きているシュカワラスキ・マナを見たのは、それが最後だった。ピラミッドの地下神殿に”着地”した時、彼は既に息をしていなかったと聞いている。」

 シオドアは礼拝堂内の気温がまた1度下がった様な気がした。祭壇の聖具が微かに振動した。ケツァル少佐とステファン大尉が動揺している、と彼は分かった。

「意識がない状態の者を運んで空間通路を使うのは非常に危険だ。だから、空間通路を使うことに長けているブーカ族を呼んだのだ。しかし、トゥパルは、失敗したと言い訳した。朦朧としていてもマナの気が大き過ぎた為に上手く通路を抜けられなかった、と。」
「その言い訳は通ったのですか?」

と少佐が尋ねた。ムリリョが頷いた。

「もし無事に通路を通れたとしても、恐らく裁判で死を宣告されるだろうと言う考えを持つ者が多かった。だから、マナの死は、処刑されるよりも楽に済んで、本人にとっても良かっただろうと。」

 シオドアは斜め後ろを振り返り、ステファン大尉の頬に涙が伝わり落ちるのを目撃した。彼は友人の気持ちを代弁した。

「シュカワラスキ・マナは一人の細やかな幸せを求めて脱走し、家族を守ろうとして戦い、家族を守る為に罪を犯して、家族を守る為に投降したのです。どんな結果が待ち構えていようと、彼には裁判を受ける権利があった。そうではありませんか?」
「白人社会の理屈だな。」

と言ってから、ムリリョは頷いた。

「儂もお前と同じ意見だ。」

 彼は大尉を見た。

「随分長い前置きになったが、トゥパル・スワレはまだ健在だ。今は長老会でも最実力者の一人である。彼は、カタリナ・ステファンが4人目の子を産んだ時、その子と2歳になる息子を殺せと主張した。いつか成長した暁に父親の仇を討とうとするであろうと。再びオルガ・グランデの死闘が始まると。」
「馬鹿な!」

 シオドアは叫んだ。

「その人は兄弟をマナに殺されて、マナの家族に個人的な恨みを抱いているに過ぎない!」

 ムリリョは彼の意見を聞かなかったふりをした。

「儂はステファン家の人間は白人の血が濃く、何の能力も持っていないと主張し、彼の意見を退けることに成功した。その為に、オルガ・グランデに再び足を運び、カタリナの父親に、孫娘の能力を封印するよう命じた。黒猫の祖父さんは見事にやってのけた。マナの最後の子供は”心話”以外使えぬだろう? 息子の能力は訓練しなければ使えぬ”出来損ない”のまま放置しておけば良いと、長老会に進言した。もし使えるようになっても、それは優秀な導師が就くからだ、と。」

 シオドアはケツァル少佐を見た。ステファン大尉も少佐を見た。ムリリョが微笑んだ。

「まさか、その導師がマナの娘だとは、誰も予想だにしなかったがな。」



0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...