2021/08/01

礼拝堂  14

 「ムリリョ博士、貴方はカルロ・ステファンの命を狙っているのが、トゥパル・スワレだとお考えなのですか?」

 シオドアが尋ねると、ムリリョは大きく頷いた。

「お前が”曙のピラミッド”に迂闊に近づいた時のことを思い出せ。ママコナが近づいた者は何者かと我々に問いかけた。ケツァルが、あれは観光客が注意書きを無視して結界に入り込んだだけだと言い訳したが、トゥパルは心配になったのだ。マナの息子が侵入を試みたのではないかと疑った。だからケツァルがお前をオクタカス遺跡へ隠した時、手下を監視に送った。」
「もしや、あの時の陸軍の警備兵・・・」
「誰かは問題ではない。だがその警備兵が、アルストの警護を任されたケツァルの部下が”出来損ない”のステファンだと報告して、トゥパルは慌てたのだ。あの愚か者は、それまで黒猫が己の近くで大統領警護隊として働いていたなどと夢にも思わなかったのだ。彼は手下に”出来損ない”の能力の大きさを確認させた。」
「”風の刃の審判”の事故を装って、ステファンの力を試したのですね、殺そうとしたのではなく?」
「そうだ。その警備兵は”砂の民”でもあったから、実はトゥパルに報告する一方で同じ内容を儂にも伝えてきた。儂は大学で既に黒猫を見ていたから驚かなかったが、防御本能しか使えぬ”出来損ない”はトゥパルが心配するような存在ではないと断じた。」

 ステファン大尉が赤面した。シオドアはムリリョが大学で彼をしっかり観察していたことを今更ながら知った。

「そうか・・・任務で考古学が必要だったから、カルロは貴方の生徒になったんだ。だから貴方は彼が大統領警護隊に入ったことも、彼の能力が目覚めていないこともご存知だった。」
「グラダの血統を持つブーカ族やサスコシ族は少なくない。ステファンの名も珍しくない。だから黒猫が警護隊に入った時は、そんなに話題にならなかった。エステベス大佐もトーコ中佐も、今や伝説となったオルガ・グランデの死闘と己等の部下を結びつけて考えなかった。ケツァルが新入隊の若造の中からグラダを見つけて喜んでいると、却って微笑ましく思ったほどだった。
 しかし、”出来損ない”は能力を上手く使えなければ、兵士としての技量を磨くことで努力する。黒猫が頑張って昇級していくようになると、トゥパルは不安になったのだ。彼は、オクタカスの警備兵の時でもわかるように、陸軍に顔が利く。懇意にしている陸軍幹部にカメル軍曹を紹介してもらい、”ヴェルデ・ティエラ”のカメルに”操心”をかけたのだ。オパールの仮面を黒猫が手にした時に、その心臓を刺せ、と。それが何時なのかは問題ではなかった。メルカトル博物館にあるオパールの仮面を盗むと言う行為自体を、命令を実行させるキーにしたのだ。この手口は”砂の民”でしか知らないものだ。しかし、トゥパルの兄でマナに殺されたエルネンツォは”砂の民”だった。トゥパルは兄の秘技をいくつか教えられていたに違いない。」
「カメル軍曹は自分が操られているとも知らずに、ずっと外国で任務遂行に励んでいたのですね。」

 シオドアはカメル軍曹を飛行機の中で一回見かけたきりだったが、なんだか可哀想に思えた。あの男にも家族がいた筈だ。

「ロハスの要塞を攻撃した時の狙撃は・・・」
「あれは別件だ。」

とムリリョが言い、シオドアとケツァル少佐はびっくりした。すると意外にも、ステファン大尉が上官に言った。

「ご存知ないのも無理はありません。それを報告しようとしたら、貴女は病室から消えていたのです。」

 少佐が体を捻って後ろの彼を見ようとして、手で胸を抑えた。

「あいたた・・・」
「大丈夫か?」

 シオドアはつい手を彼女の体にかけて、大尉の目の殺気に気がついた。いいじゃん、少佐はまだ君のものじゃない・・・てか、姉さんだから君のものじゃない。少佐がシオドアに体を預けたまま、部下に命令した。

「報告しなさい。」

 ムリリョが大尉に言った。

「教えてやれ。儂に休憩させろ。」

 大尉はまた溜め息をついた。

「貴女の傷から摘出した弾丸を調べて、銃の持ち主の憲兵を特定しました。イサンドロ・カンパロ曹長、反政府ゲリラの頭目だったディエゴ・カンパロの従兄弟でした。ディエゴにゲリラ狩りの情報を流したり、誘拐しやすい要人の行動日程を教えたりして、裏でディエゴのグループを援助していたのです。ディエゴのグループが我々に殲滅されて大人しくしていましたが、恨んでいたのも確かです。憲兵隊は本日夕刻イサンドロ・カンパロとその兄弟を逮捕して、他のゲリラグループとも取引がないか捜査に取り掛かります。」
「それじゃ、どさくさに紛れてカンパロ曹長が君を撃とうとしたのは、従兄弟の恨みを晴らそうとした訳か?」
「その様です。少なくとも、カンパロ一家とトゥパル・スワレに繋がりはありません。カンパロも私同様”出来損ない”で、スワレ家の様なブーカ族の名家と口も利いたことがないでしょう。」

 ムリリョが立ち上がった。すっかり夜が更けていた。

「トゥパル・スワレがシュカワラスキ・マナの息子を狙うのは、恐らくマナの死があの男の言う通りではなかった可能性がある。」
「故殺だったと言うことですか?」

 とケツァル少佐もシオドアに支えられて立ち上がった。ムリリョが頷いた。

「意識朦朧とした状態でも、グラダが空間通路の通過ぐらいで死ぬとは、儂には信じられぬ。ましてや、通路を得意とするブーカ族の先導だったのだぞ。トゥパルがマナを殺したのだ。それを黒猫に知られたくないのだろう。」
「トゥパルは私もいることを忘れているのでは?」

 と少佐が言った。

「私は父親とは全く縁がありませんが、弟と妹に危害を与える者は決して許しません。」

 最後に立ち上がったステファン大尉が彼女を見つめ、それから夢から醒めた様に気を引き締めた。

「車の安全確認をしてきます。私の車で申し訳ありませんが、お送りします。」

 彼は誰の返事も待たずに礼拝堂から足早に出て行った。「アイツの車?」とムリリョがシオドアを見たので、シオドアが説明した。

「中古のビートルです。」
「ビートルに4人乗るのか?」
「私達は後ろに乗ります。」

と少佐が諦めた様な顔で言った。つまり、シオドアも後ろだ。狭いが、少佐と密着出来る。それにしても、と少佐が言った。

「私は彼を導師として導いた覚えはありません。寧ろ、どの様に教育すべきか暗中模索している最中です。」

 ムリリョが彼女を見て、シオドアを見た。そして可笑しそうに笑った。

「愚か者、恋の力だ。」



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