2021/08/11

星の鯨  1

  メンバーが3人になった。正直なところ、全員がまだくたびれていた。ケツァル少佐は胸の痛みが動きの妨げになっていたし、ステファン大尉は眠気が残っていたし、シオドアも緊張の連続だったので休みたかった。しかし彼等はなんとなく神殿にいても何の進展もないと感じていた。少佐にも大尉にも、神殿の彫刻や建築様式を見てもその目的がわからなかった。入り口の神代文字は読めるのに、何の為の神殿なのか、どこにもヒントが残されていなかったのだ。

「アリアナがやって来た方角へ行ってみよう。」

とシオドアは提案した。

「ただ、水がもうないんだ。水汲みを先に済ませておいた方が良いと思う。」

 すると少佐が言った。

「全員で一緒に行動しましょう。これ以上散開するのは危険です。」

 彼女は全員を守る体力がないのだ。彼女の余力は今彼女自身の傷の治療に集中して使用されている。だから仲間に遠くへ行って欲しくないと思っていた。シオドアもステファン大尉もそれを理解した。

「それじゃ、全員で俺が水を汲んだ場所まで行こう。距離はそんなにないが、下り坂があるから、足元に注意してくれ。」

 ステファン大尉が少佐に尋ねた。

「私の背中に乗られますか?」
「結構です。」

 少佐は彼女のリュックをシオドアに差し出した。

「誰の背中にも乗りませんが、荷物も水筒とライフル以外は持ちません。」
「それで結構です。」

と大尉が素っ気なく言った。まだ完全に仲直りした雰囲気ではない。シオドアは心の中で肩をすくめた。似たもの姉弟だ。互いに意地を張っているが、仲直りは突然やってくる筈だ。それまで彼は我慢しなければならない。
 3人は静かに神殿を離れた。ゴミの一切はロホが持ち去ってくれた。遺跡を汚すなと言う文化保護担当部の規則を守ったのか、自分達の痕跡を他人に辿られたくないのか、恐らくその両方だろう。 
 真っ暗な道を歩いて行った。足音を立てるのはシオドアだけだ。軍靴を履いているのに、大統領警護隊の隊員達は決して足音を立てない。だから先頭を歩いているシオドアは時々仲間がちゃんと後ろをついて来ているのか不安になった。すぐ後ろが少佐で、最後がステファンだ。

「俺の歩みが遅いので、まどろっこしいだろう?」

と声をかけると、少佐が「ノ」と言った。

「今の私には丁度良いペースです。」

 神殿の右手を真っ直ぐ歩き、坂を下って突き当たった壁を今度は右に折れて壁沿いに歩くと地下の水流に行き当たる。シオドアは道順を覚えていたが、真っ暗なので通る道筋が合っているかどうか自信がなかった。だから、先の時と同様、いきなり開けた空間に出て、青い水流をライトの光の中で見た時は、ホッと安堵した。
 少佐が岩の上に座るのを見ながら、水辺に近づき、水筒を下ろした。汲みたての冷たい水を3人で飲んだ。もう一度水筒をいっぱいにしてから、ステファンが地下川の上流を見た。

「滝の向こうに空間がありますね。」

 だからシオドアは光をそちらへ向けた。

「鉱物が光って星空みたいに見えたんだ。」

 滝の上方にキラキラと小さな光が無数に瞬いた。ステファンの目が緑色に光った。

「あの光達、動いていますよ。」
「え?」

 目を凝らして見たが、普通の人間の目では光の点が小さ過ぎてよくわからなかった。

「瞬いているだけじゃないのか?」
「ノ、ちょっとずつ移動しています。この距離でわかりにくいのでしたら、近くで見てもさらにわからないでしょう。」

 少佐に滝の上流の光を報告すると、呆れたことに少佐は滝を登ろうと言い出した。これに、ステファン大尉が遂にブチ切れた。

「いい加減にしてくれませんか! 貴女は死ぬ一歩手前だったのですよ、これ以上体に無理なことをしないで下さい!!」

 感情を爆発させたので、空気がビリリと震動した。シオドアは敵に位置を勘づかれると注意しようとした。その時、滝の上流でサワサワと音がした様な気がした。

「さっきの音、聞こえたか?」

 睨み合っている少佐とステファンが「何の音?」と同時に尋ねた。シオドアは言った。

「滝の上流で木の葉が擦れる様な音がしたんだ。カルロの気に反応したみたいだ。君達には聞こえなかったのか?」

 ステファンはまだ少佐を睨んでいたが、彼女はシオドアを見上げた。

「貴方には聞こえるのですね?」
「スィ・・・霊かな?」
「霊なら私は感じますが・・・」

 彼女はステファンを見た。

「貴方は、カルロ?」

 話をふられてステファンは一瞬戸惑った。

「何も感じません。」

 少佐を睨んでいた眼差しが不安に変わった。霊がいたら、少佐が怖がるじゃないか・・・。 その心の微妙な動きを少佐は察した。彼女はツンツンして言った。

「怖くなんかありません。感じないのですから。」

 彼女はシオドアを見た。

「まだ聞こえますか?」
「今は聞こえない。俺より聴力の優れた君達に聞こえなかったのなら、やっぱり霊かも知れない。」

 少佐は幽霊が見えなければ怖くない人だ。声だけとか、物がガタガタ動いたりとか、そう言うのは平気だ。彼女はステファン大尉を振り返った。

「沢登りは止めて、上流へ行く道を探しましょう。」
「トゥパル・スワレを探すんじゃないんですか?」

 上官の気紛れに慣れているステファンは、彼女が少しでも敵に出会う確率を減らしてくれるのであれば大歓迎だった。少佐はニッと笑った。

「あっちがしびれを切らしてやって来ますよ。」

 彼女が腰を浮かしたので、大尉は手を貸した。シオドアは上流に向かってライトをぐるりと動かしてみた。川から離れた岩壁に岩の隙間の様な通路があった。空気が流れていたので、何処かに通じているのだ。シオドアは体を入れてみた。立って通れる高さは最初の1メートルだけで、後は背を丸めて頭を下げなければ通れなかった。これは胸を負傷している少佐には辛いだろうと思ったが、彼女は荷物を持っていなかったので腰をかがめてついてきた。最後尾のステファンが荷物の大きさが祟って一番苦労した。
 シオドアは通路の最後の部分を四つん這いになって通り抜けた。リュックは引っ張らなければならなかった。少佐が押してくれて、何とか広い場所に出た。
 滝の音が響いていた。穴の外は低い岩棚で、目の前に湖が広がっていた。じっくり眺める前にシオドアは少佐を引っ張り出し、通路の中に声をかけた。

「カルロ、荷物を先に押せ。引っ張り出すから。」
「そんな・・・向きを変える空間などありませんよ。」

 そう言われればそうだった。結局ステファン大尉を先に引っ張り出して、それから彼のリュックを救出した。
 ケツァル少佐は穴から出た時のままの膝を突いた姿勢で地底湖を見ていた。見惚れていたと言っても良かった。最後に穴から出たステファンも、その場の風景を見て、思わず「ワオ!」と声を上げた。シオドアは額の汗を拭きながら目の前の景色を眺めた。ライトで照らさなくても、そこの景色が良く見えた。
 それは不思議な光景だった。


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