2021/08/08

太陽の野  20

 それから一行は2時間歩き1時間休憩すると言うパターンを3回繰り返した。地上では日付が変わって日が高く昇る頃に、奇妙な大岩の前に到着した。大きな庇が左右一列に並んだ太い柱で支えられている。奥は洞窟になっているが入ってすぐに行き止まりになっているらしく、ライトの光で壁が白く光った。奥の壁は太陽に似た円形の紋様が彫られている。太陽には顔があった。笑っている様にも威嚇している様にも見えた。太陽の周囲は星か花が散らすように掘り込まれ、両側の壁にも彫刻がある様だ。入り口は4段の階段になっていて、蛇の鱗に似た紋様が列柱に彫られていた。庇の表面にもレリーフがあった。それを指差してロホが読んだ。

「太陽の野に星の鯨が眠っている」

 シオドアは少佐を振り返った。

「暗がりの神殿に着いたんだね?」
「スィ。」

 少佐は用心深く神殿の周囲を見回した。シオドアもヘッドライトで照らして見た。神殿の前は広い空間だった。何処かに水流があるのか、水音がこだましていた。シオドアは洞窟の天井を見た。鍾乳洞ではないと思われるが、岩が天然のままで不規則な表面だ。神殿以外の洞窟の壁も自然石に見えた。ひどく場違いな場所に遺跡が眠っている。誰が何の為にこんな地中深くに神様を祀ったのだろう。
 シオドアに階段の前から動かないよう指図して、大統領警護隊の3人は広場を探索したが、アリアナ・オズボーンもシャベス軍曹もいなかった。彼等はここへ来なかったのか? それともまだ来ていないだけなのか? シオドアは不安に襲われた。自分達は時間をかけて危険な場所に降りて来て、無駄な努力をしただけなのか?
 少佐が戻って来た。シオドアはどうすると尋ねようとした。彼女が静かに、と指を唇に当てた。彼に身を寄せて立つと、無言で周囲を見回した。アサルトライフルを水平方向に構えて、何時でも撃てる体勢になった。彼女は何かを感じたのだ。シオドアは己の頭のヘッドライトを消すべきかと迷った。しかし彼女から指図はなかった。ただ動くなと手で合図されただけだ。ヘッドライトの光が暗闇の中に吸い込まれて行く、その先に何かが動いた様な気がした。
 右手の暗闇の中から音もなくロホが現れた。少佐と同じ方向にアサルトライフルを向けていた。左手、やや後方にステファン大尉がぼんやりと見えた。彼は片膝を地面に突いて、やはり仲間と同じ方向に銃口を向けていた。シオドアは目だけ動かして仲間の方を向かないように努力した。
 石を蹴る音が聞こえた。土の上を誰かが足を引き摺って近づいて来る、そんな感じの音が聞こえた。ヘッドライトの光の外を誰かが歩いて来る、とシオドアは聞き取った。闇で見えないが、多分射程距離内に入った。しかし少佐は発砲許可を出さなかった。
 光の中にぼうっと人の姿が現れた。くしゃくしゃの長いブロンド、汚れたロングコート、傷だらけの素足、生気のない目が闇の中を泳ぎ、両手でものを探るように空気をかいて、アリアナ・オズボーンが歩いて来た。

「アリアナ!」

 シオドアは思わず駆け出した。しかし数メートルも行かないうちにステファン大尉に腕を掴まれた。

「ノ! テオ、駄目だ!」
「離せ、あれは間違いなくアリアナだ!」
「そうです、アリアナです。でも、何かおかしい!」

 シオドアはアリアナを振り返った。彼女はシオドアとステファンの騒ぎが聞こえている筈なのに、無視した。真っ直ぐ神殿に向かって歩いて来るのだ。
 その時、少佐がライフルを地面に置いた。背中の荷物も置いて、ゆっくりとアリアナに向かって歩き始めた。シオドアのヘッドライトが交互に2人の女性を照らした。アリアナはまだ無反応のまま歩き続け、少佐は何かをしようとしていたが、それが何なのかシオドアにはわからなかった。
 洞窟内の気温が2度程下がった様な感覚があった。少佐の向こう側にいるロホの姿は闇に隠れて全く見えなかった。シオドアは彼の腕を掴んでいるステファン大尉の手に力が籠るのを感じた。まるで爪を立てられた感じだ。彼はステファンの手をもう片方の手で叩いた。もう大丈夫だから、と伝えた。ステファンが手を離した。チラリと見ると、彼の目が緑色に輝いていた。ここでナワルを使うな、とシオドアは心の中で念じた。まだ黒幕が姿を現していない。空気が冷たい。ケツァル少佐が気を放っているのだ。それにステファンが反応してしまっている。異母姉の桁違いな気の大きさに引きずられているのだ。ロホは平気だろうか?
 ヘッドライトの光の中で、2人の女性が向かい合って立った。アリアナが初めて反応した。

「カルロ?」

と彼女は少佐に呼びかけた。彼女にはケツァル少佐がステファン大尉に見えているのだ。少佐が声をかけた。

「お一人ですか?」

 シオドアには少佐の声にしか聞こえなかったが、アリアナの耳には片想いの男の声に聞こえたようだ。少佐が彼女に”幻視”をかけているのだ。彼女が微笑した。口元だけの微笑だ。

「ええ、一人よ。誰も邪魔は入らないわ。」

 シオドアとステファン大尉からは少佐の後ろ姿でアリアナの全体像が見えなかった。

「シャベス軍曹は何処です?」
「何処か向こう・・・」

 アリアナはゆっくりと斜め後方を振り返ったが、誰もいないのかステファン大尉はその動きに反応しなかった。彼女がまたゆっくりと少佐に向き直った。

「貴方が来て下さって嬉しいわ。私が欲しいのは貴方一人だけ・・・」

 アリアナが少佐に抱きついた。クッと少佐が微かに警戒音を出した。

「ノー!」

 ロホが暗闇から跳び出した。ステファン大尉も夢から醒めた様に動き、アリアナを突き飛ばした。シオドアには何が起きたのか、すぐに理解出来なかった。
 ロホが少佐を両腕で支えた。シオドアはステファン大尉が地面に倒れたアリアナに銃口を向けるのを見て、やっと体が動いた。

「撃つな、カルロ、止めてくれ!」

 銃口とアリアナの間に入って、初めて何が起きたのか、彼は知った。思わず叫んだ。

「少佐! 死ぬな!」

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     20

  間も無く救急隊員が3名階段を昇ってきた。1人は医療キットを持ち、2人は折り畳みストレッチャーを運んでいた。医療キットを持つ隊員が倒れているディエゴ・トーレスを見た。 「貧血ですか?」 「そう見えますか?」 「失血が多くて出血性ショックを起こしている様に見えます。」 「彼は怪我...