2021/08/08

太陽の野  19

 坑道の路面は歩きやすいと言い難かった。トロッコを通したインクライン跡などはレールに足を取られそうになった。 上りになったり下りになったり、水が溜まって迂回路を探したりと時間ばかりかかってなかなか進めない。

「もう6時間歩いたかなぁ・・・」

 思わずシオドアが呟くと、少佐が「ノ」と言った。

「竪穴から出発して3時間12分です。」

 ステファン大尉も言った。

「今、2043です。」

 腕時計を見ると確かに午後8時43分だった。先頭のロホが提案した。

「休憩して夕食にしませんか?」

 彼が「あそこ」と言ったが、シオドアには見えなかった。

「あそこに乾いた岩棚があります。そこで休憩しましょう。」
「ブエノ。」

 少佐が同意したので彼等はさらに10分程歩いて、岩棚に到着した。シオドアは荷物を下ろし、食糧と水を出した。バルデスは上等の携行食を準備してくれていたので、陸軍配給の食物より美味しく食べることが出来た。

「ジャングルだったら食い物になる生き物がいくらでもいるのに、ここは何もいない。」

とステファン大尉がぼやいた。

「よくこんな所で親父は2年も籠城出来たもんだ。」
「君のお母さんが援助したんだろ? すごく助かったと思うな。」

 シオドアは降りてきた竪穴を思い出した。カタリナ・ステファンは一人で井戸を降りて夫の援助を続けたのだ。

「何処の井戸を使って彼女は援助したんだい?」
「知りません。」

とステファンは素っ気なく答えた。

「ムリリョ博士に教えられる迄、私は何も知らなかったのですから。」
「お母さんに訊いてみなかったのか? 否、ご免、そんなこと、訊けないよな。」
「実家の近所の井戸じゃなかったのか?」

とロホも尋ねた。さて、とステファンは首を傾げた。

「スラム街だったから、井戸は共同だった。そんな所にお袋が上り下り出来た筈がない。」

 ケツァル少佐がロホが持ってきた地図を広げた。シオドアのヘッドライトがぼんやりと紙面を照らし出した。

「神殿がここ・・・」

 彼女が地図の下の方を指した。

「私達の現在地は、恐らくここ・・・」

 かなり神殿から距離がある。まだ上の方だ。

「スラム街はこの周辺、そこから車で5分程の所に昔の鉱夫町がある。多分、空き家が並んでいると思われます。ここの土地柄を考えれば、石造の家でしょう。この土地で生まれ育った人にとっては歩いて行ける普通の距離だと思いますが?」
「スィ、この高低差は住民にとって問題ではありません。その空き家町は記憶にあります。隠れん坊に丁度いい場所なのです。不良どもの溜まり場にもなっていました。そう言えば、祖父に枯れ井戸に落ちるといけないから遊ぶなと注意されたことがありました。」

 空き家町はシオドア達の現在地の地上からそんなに遠くない位置にあった。

「俺たちが現在いる深度まで井戸が掘られているとは思えないから、もっと浅い場所でシュカワラスキ・マナとカタリナは会っていたんだろうな。」
「井戸がこのあたりにあったとすると、やはりマナは”暗がりの神殿”の近くにいたのでしょう。トゥパル・スワレが私達を誘き寄せる理由が神殿にあるのかも知れません。」

 少佐は手にしていた携行食をふと眺めた。

「このチキン入りのパテは美味しいですね。」
「メーカーを覚えておいて、次の発掘隊警護の時に発注しましょう。」

 ステファンが包み紙をじっくり見つめた。シオドアは笑いたくなった。この2人、いつも発想が同じと言うか、同じタイミングで話題を変えると言うか・・・

「似てるなぁ、君達・・・」

 誰が? と少佐と大尉が彼を見た。ロホはシオドアと同じ感想を持ったらしい。

「姉と弟が、ですよ。」

と彼は言って、横を向いた。笑いたくなって堪えたのだ。

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