2021/08/14

星の鯨  8

  全ては遠い過去に始まった。
 出生率の低下で部族としての勢いを失ったグラダ族は歴史から消えて行き、その血を受け継いだ一部の者が集まってグラダ族の復権を企み、血を濃くする試みを始めた。しかし混血のグラダ達は気の制御が上手く出来ず、指導者もいなかった。試みは中央のママコナに秘密で行われていたからだ。他部族にも内緒で行われていた純血種への回帰は、彼等を狂気へと駆り立て、麻薬に頼るようになった。彼等イェンテ・グラダ村の存在が中央の長老会に知れたのは、その狂気が周囲の”ヴェルデ・ティエラ”に知られたからだ。既に時代は20世紀も終盤にかかっていた。ママコナと長老会は”ヴェルデ・シエロ”全体の安全を守ることを第一と考え、イェンテ・グラダ村をこの地上から抹消した。
 イェンテ・グラダ村の生き残りは幼過ぎて殺戮から免れた3人の子供だけだった。半分グラダのウナガン・ケツァルとニシト・メナク、そして大人達の念願だった純血種のシュカワラスキ・マナだ。彼等はそれぞれブーカ族の家庭で養育されたが、最年長のニシトは両親を殺された時の記憶があった。彼は成長するに従い、密かにウナガンとシュカワラスキにその事実を伝えたが、彼は親達が殺された本当の理由を知らなかった。生き残った子供達は、ただ一族への恨みを募らせて行っただけだった。
 ウナガンはママコナの神殿で働く女官となった。そして純血種故に大神官となるべく教育を受けている最中だったシュカワラスキに子供の父親になることを頼んだ。彼女はニシトと愛し合って結婚していたのだが、子供の父親は純血種が生まれる確率の高いシュカワラスキを選択したのだ。これはニシトも合意の上だった。ニシトは親を殺された恨みと、一族が混血のグラダである彼を無視して純血種のシュカワラスキだけを大切にしていると思い込み、一族への憎しみしか抱いていなかったのだ。ウナガンの権勢への欲望とニシトの一族への怨恨が手を結んだ。
 シュカワラスキは単純にウナガンを愛していた。だから彼は喜んで彼女の提案を受け入れ、子作りに協力した。彼が大神官になれば、ニシトも側近として権力を得られる筈だった。しかし、ウナガンは欲を出した。生まれてくる子供が女の子であったなら、ママコナにしようと考えたのだ。その為には当代のママコナが子供が産まれる前に死ななければならない。ウナガンは臨月になると、ママコナの暗殺を図った。しかし、ママコナの食事に毒を盛ろうとした彼女の手は突然動かなくなり、彼女はパニックに陥った。女官達に制圧された彼女は、企みを白状させられ、投獄された。
 ママコナは、ウナガンの腹の中の子供が、母親の悪意を感じて止めたのだろうと言った。ウナガンはそれを信じなかった。ママコナが彼女の子供を誑かし、彼女を罪に陥れようとしたのだと主張した。ママコナはそこで初めてイェンテ・グラダ村の生き残りの3人が心の闇を抱えていたことを知った。偉大なる巫女はウナガンの胎内の子供に語りかけ、子供が母親の毒気に侵されぬよう守り続けた。
 ウナガンが失敗して捕らえられたことを知ったニシト・メナクは妻を返せと長老会に訴えた。ウナガンの心の闇の原因が彼であることを知った長老会は彼の要求を退けた。ニシトはシュカワラスキにウナガンを救い出すよう求めたが、シュカワラスキは一族に逆らうことを良しとしなかった。その間に牢獄のウナガンは衰弱していった。企みが失敗した上に自身が愚かにも夫の怨恨に引き込まれたことを、ママコナとの連日の対話でようやく理解したのだ。激しい後悔と自責の念が彼女を弱らせていった。ママコナと女官達は彼女を救おうと尽力したが、彼女自身が死を受け入れたのだ。彼女は最後に一族への貢献として純血種の子供を産み落とした。シュカワラスキ・マナの娘だ。ママコナはウナガンに子供に名を与える栄誉を与えた。免罪だった。赤ん坊に最初で最後の乳を与えて名前を付けたウナガンは、安らかにこの世を去った。
 ウナガンの死を、2人の幼馴染で彼女を愛した男達は素直に受け入れることが出来なかった。彼女の夫として名目上の子供の父親になる筈のニシトは、子供を受け入れることが出来なかった。母親を胎内で裏切った子供だと罵り、養育を拒否した。長老会も彼に子供を託す訳にいかぬと判断した。子供の命を守る為に誰に育てさせるのが最善かと考えていると、ママコナが提案した。最も一族から遠い場所にいる一族に与えよう、と。子供は政治から遠ざけて育て、成長した暁にその将来の選択は誰も干渉してはならぬ、と。つまり・・・

「普通の子供として育つ様に」

とママコナは決定を下した。長老会は、ウナガンが産んだ赤ん坊を、白人の血が濃いサスコシ族のメスティーソ、フェルナンド・ファン・ミゲールとスペイン人の妻マリア・アルダ・ミゲール夫妻に与えた。シータ・ケツァルと言う本名以外の子供の身元に関する情報を一切与えずに。 

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「少佐は普通の子供じゃないですよ。」

とマハルダ・デネロス少尉がお茶を飲みながら言った。

「凄いお金持ちのお嬢様ですもの。」

 大統領警護隊文化保護担当部の隊員達とシオドア・ハースト、アリアナ・オズボーンはケツァル少佐のアパートに集合して、今回の事件の顛末を少佐とステファン大尉とロホから聞かされていた。少佐達もあの迷路の様な坑道から救出されて長老会と大統領警護隊本部の合同調査会で知ったことを話しているのだ。最初は若い2人の少尉に何も教えないでおこうと彼等は思っていたのだが、”心話”でいつかぽろりと伝わってしまうかも知れない。それでは部下に上官に対する不信感が生じるのではないか、とシオドアが言ったのだ。シオドア自身も事件の整理がまだついていなかったし、アリアナも誘拐されたので巻き込まれた理由を知る権利があった。
 しかし、最初の部下からのコメントが、マハルダのちょっとズレた感想だった。話の腰を折られて、アスルが不満げにデネロスに注意した。

「話の展開にそんなことは問題じゃない。つまらんことに口を出すな。」

 デネロスがペロッと舌を出した。

「すみません・・・続けて下さい。」


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第11部  紅い水晶     18

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