2021/08/13

星の鯨  7

  復路は往路より辛かった。行きは4人だったが帰りは3人だ。目的を果たし、誘拐された2人を救出したが、彼等は空間通路で無事にグラダ・シティへ送り届けられた。残された3人は疲れた体に鞭打って荷物を背負い、坂道を登り続けた。
 先頭はシオドアだ。ヘッドライトの光だけを頼りに道を見つけて歩いて行く。真ん中のケツァル少佐はナビゲーターで、方向を指示する。最後のステファン大尉は2人分の荷物を背負って黙々と歩いていた。
 シオドアはライトの電池が使い果たされてしまうことを恐れた。最後の1個をセットする時、これがなくなれば真っ暗闇だと思い、気分も暗くなった。少佐と大尉は闇でも見えるが、自分が何も見えないと言うのは辛く苦しい。出来るだけ早く照明が設置されている現役の坑道へ出ようと頑張って歩いた。
 ケツァル少佐はまだ胸が痛むのか、時々立ち止まって片手で胸を抑えていた。呼吸を整え、再び歩き出す彼女に、シオドアは前を向いたまま水筒を差し出した。グラシャス、と彼女が低い声で感謝した。
 ステファン大尉はナワルを解いた。変身した姿から人間に戻ると丸1日は動けなくなると言う”ヴェルデ・シエロ”の体質に耐えて歯を食いしばって歩いていた。シオドアは休憩させてやりたかったが、休むとそのまま眠ってしまうと少佐に言われて、彼に我慢させるしかなかった。ストレス解消のタバコも許されなかった。気を抑制する効果は、ナワルを使った後の体に眠気を誘うのだ。
 シオドアは気を紛らわせる為に、独り言でも良いから喋ってみたくなった。

「俺達が出かけている間、文化保護担当部にはマハルダしかいないんだよな。アスルは脚が治る迄本部でリモートワークだろ? マハルダは忙しいだろうな。」
「そうでもないですよ。」

と少佐が応じた。

「隣の部署から回されてくる申請書類に記入漏れがないかチェックして、書類のデータを入力するだけです。警護の規模を考えるのはロホですから、ロホがいなければ書類を置いておけば良いのです。ロホの書類は溜まりますけどね。」
「カルロは何をするんだい?」
「カルロは予算の計上です。ロホが想定する警備規模に係る金額を算定するのが仕事です。」
「なんだ、カルロは会計士か。頭が良いんだな。アスルは何をしているんだ?」
「アスルは実際の警備に係る兵力の手配です。 但し、私が今言った仕事はオフィスの中だけですよ。」
「それじゃ、マハルダからロホへ行く途中で書類が止まるとアスルの仕事がない?」
「ありません。」
「君の仕事は?」
「私は承認です。警備規模、予算が適正であると判断したら承認の署名を入れます。するとマハルダが申請団体に連絡を入れて実際の準備に取り掛からせます。その間にアスルが陸軍に連絡を入れて警備隊を組織させるのです。」
「そして現地での警備の監督と遺跡の見張りを君達全員が交替で行うのだな?」
「スィ。」
「休日は何をして過ごすんだい? 省庁は土日は休みだろう? 君達も休みかい?」
「軍隊に休日はありませんが、それは建前です。」

と少佐がけろりとして言って退けた。

「まず、オフィスが閉まってしまうので、デスクワークが出来ません。文化保護担当部の業務は休業です。ですから、我々は軍事訓練を行います。」
「本部で? それとも士官学校で?」
「ノ。海岸とかバナナ畑とかサッカー場とか・・・」
「野外訓練だから、実際の場所に似たような所を使うんだな。」

 するとステファン大尉が囁く様な声で言った。

「訓練の内容は、主に隠れん坊や鬼ごっこです。それから宝探し・・・」

 シオドアは少佐を振り返った。

「遊びじゃないか。」
「ですから、建前だと言いました。」

 少佐は真面目な顔で言った。

「ジャガーの子供の訓練を参考にしているだけです。」

 シオドアは笑った。立派な大人が、それも泣く子も黙る大統領警護隊の軍人が、ビーチや畑で隠れん坊? 鬼ごっこ? 

「まさか、絶対に参加しなければならないのか?」
「任意です。」
「誰も来ない時は?」
「指定時間に来なければ、私はそのまま休日モードに入ります。」

 やっぱり遊んでいるのだ。少佐も必ずしも部下に相手にして欲しい訳ではなく、軍隊と言う集団である建前上、訓練を設定しているだけなのだろう。するとステファンが言った。

「マハルダは必ず参加していますね。」
「スィ。」

 少佐がちょっと立ち止まって休んだ。 シオドアも足を止めた。ステファン大尉は荷物を背負って立ったまま休憩だ。

「彼女は早く現場に出たいので、訓練も頑張っているのです。ですから、隠れん坊と言えども手は抜けません。」

 ステファン大尉が、シオドアが考えていた遊びではないことを教えた。

「我々の隠れん坊や鬼ごっこは実弾射撃を伴いますから。」
「空砲やペイント弾でなく?」
「実弾です。飛んでくる弾丸の破壊が大統領警護隊の役目ですから。」
「ああ・・・そうだったな。」

 ステファンが欠伸を堪えて横を向いた。また歩こうとシオドアが前を向くと、ライトの光の中に人影が現れた。彼は思わずアサルトライフルを構えた。

「誰だ?」

 すると相手が思いがけない名乗りを上げた。

「大統領警護隊遊撃班ファビオ・キロス中尉です。司令の命により、文化保護担当部の指揮官シータ・ケツァル・ミゲール少佐、副官カルロ・ステファン大尉、及びグラダ大学客員講師テオドール・アルスト博士をお迎えに上がりました。」

 よく見ると彼の背後には10名ばかりの兵士が立っていた。皆目を金色に輝かせていた。ケツァル少佐ではなく、ステファン大尉が前に出た。

「大統領警護隊文化保護担当部指揮官ミゲール少佐の副官ステファン大尉だ。ミゲール少佐は胸に深い傷を負われて平常の活動が困難である。またアルスト博士は民間人で”ヴェルデ・ティエラ”であるにも関わらず我々の助力となりお疲れだ。私に関して報告すれば、ナワルを使った直後である。従って速やかに本部へ我々を移送されたし。」

 キロス中尉がシオドアをジロリと眺め、それから少佐に視線を移した。恐らく2人の身体検査を”透視”で行ったのだろう、とシオドアは見当をつけた。果たして、キロス中尉は少佐の胸の傷が心臓にあることを発見して、青褪めた。

「そのお体で、一体どれだけの距離を歩いて来られたのですか?」

 少佐は肩をすくめた。

「歩くのに精一杯で距離を計測していません。あなた方の接近にも気づかなかったのです。大失態です。」
「時間にして・・・4時間かなぁ・・・」

 シオドアは時計を見ながら呟いた。

「疲れて空腹も感じない程だ。なぁ、カルロ・・・」

 振り返って、ドキッとした。ついさっき、あんなに堂々と口上を述べたばかりなのに、ステファン大尉は既に立ったまま居眠りモードに入りかけていた。
 ナワルを使える大統領警護隊の隊員達はステファンの疲労が理解出来たのだろう、笑ったりしなかった。キロス中尉がステファンにではなくケツァル少佐に言った。

「失礼しました。こちらに”入り口”があります。どうか、”通路”を出る迄眠らないで頂きたい。」

 少佐が彼に尋ねた。

「意識のない人間を通路で先導した経験はないのですか?」

 キロス中尉は戸惑って部下達を振り返った。誰もが首を振るのを見て、シオドアは文化保護担当部の隊員達が本隊の隊員より優秀だと思った。キロス中尉は赤くなって少佐に向き直った。

「申し訳ありません。我々は未熟です。」
「未熟ではなく未経験なだけです。」

 少佐は立ったままうつらうつらしかけたステファン大尉の顔の前で両手をパンっと叩いた。大尉がハッと目を覚ました。

「あと少しで任務完了です。それまで耐えなさい。」

 少佐に言われて、大尉は敬礼で応えた。そしてシオドアに小声で頼んだ。

「私がまた眠りかけたら、踵を蹴飛ばして下さい。」

1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

原作では大統領警護隊の隊員は文化保護担当部以外は出てこない。

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