2021/08/14

星の鯨  9

  シュカワラスキ・マナは長老会が彼の娘を他人に与えてしまったことを知らされなかった。彼はウナガンの忘れ形見を養育したいと望み、子供を渡してくれと長老会に要求した。しかし彼の要求は誤解された。イェンテ・グラダ村では、純血種を生み出す為に古代の風習を取り入れ、男が妻以外の女性に産ませた自身の娘と婚姻することが平然と行われていたのだ。シュカワラスキは要求を拒絶されると、愛する女性を失った悲しみで自棄を起こした。大神官になる為の勉学を全て放棄して、グラダ・シティを逃げ出してしまったのだ。
 愛する妻を失い、同志と頼みにしていたシュカワラスキに逃げられてしまったニシト・メナクは絶望した。彼は自殺を図ったのだが、その時、彼と親しかったブーカ族のトゥパル・スワレに発見されてしまった。トゥパルはかねてからグラダ族の巨大な能力に羨望を抱いていた。ニシトの権力を手に入れて一族へ復讐しようと言う考えと、グラダ族の能力があれば権力を欲しいままに出来ると言うトゥパルの欲望が、その瞬間にマッチしてしまったのだ。ニシトは己の肉体を棄て、トゥパルの肉体に入った。一人の肉体に2人の心が同居したのだ。
 ニシト・メナクは自害したとされ、その体は一般のセルバ人と同じ墓地に葬られた。ニシト=トゥパルはそれから暫く一族を欺いて大人しく暮らしていた。
 一方、グラダ・シティを逃げ出したシュカワラスキ・マナは流れ流れてセルバ共和国第2の都市オルガ・グランデの鉱山町に辿り着いた。そこで偶然にも、或いは運命的な出会いがあった。彼は、イェンテ・グラダ村が殺戮に遭う2、3年前に村から鉱山町へ出稼ぎに出ていた男達と知り合ったのだ。男達は故郷の村が消えてしまったことを知っていたが、その理由を知らなかった。故郷喪失を悲しみながらも、新しい生活を守る為に、普通の市民として生きていたのだ。シュカワラスキは彼等と同じ鉱夫になり、鉱山で金鉱石を掘って働いた。そして同郷の男の一人の家族と親しくなった。彼女の名前はカタリナ・ステファン、母親は白人と”ヴェルデ・ティエラ”先住民のハーフだった。4分の1白人、4分の1”ヴェルデ・ティエラ”先住民、そして残りは割合が不明だが、グラダ族の血を含む”ヴェルデ・シエロ”の女性だ。カタリナの父親は娘が普通の人間として生きていけるよう、彼女が赤ん坊の時に能力を封印していた。だからカタリナは”心話”しか使えなかった。それでもシュカワラスキと心を通じ合わせるのに十分だった。
 シュカワラスキとカタリナは町の小さなカトリック教会で結婚式を挙げた。”ヴェルデ・シエロ”でもカトリック教徒はいるが大神官になる筈だった男が異教の神の前で愛の誓いをしたのだ。

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デネロス少尉とアスルが思わずステファン大尉とケツァル少佐を見比べた。シオドアは彼等の心の中が読める気がした。

 まさか、この2人は姉弟だったの?
 大尉は姉君に恋心を抱いているのか?

少佐と大尉は互いにチラリと目を交わし、肩をすくめ合った。

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 グラダ・シティからはシュカワラスキ・マナ捕縛の命令が出されていた。大神官の修行を貫徹させずに逃げ出した純血のグラダが暴走した時、どれだけ危険か、長老会が危惧したのだ。他にグラダ族に匹敵する能力の人間はいない。彼等はシュカワラスキの逃亡から2年目に彼をオルガ・グランデで見つけた。
 ブーカ族のエルネンツォ・スワレが彼の説得に当たった。エルネンツォはブーカの名家の当主で”砂の民”だった。もしマナが一族に災厄を招く様な行動を取れば即殺害する覚悟で説得に臨んだ。純血のグラダと戦えば生きて帰れぬかも知れぬ危険を承知で役目を引き受けた。
 シュカワラスキは拒否した。彼は家族を得て、初めて人並みの幸福を知ったのだ。しかし長老会は彼の我儘を許さなかった。そこでエルネンツォは彼に子供を寄越せと迫った。マナの子供は確実に半分グラダだ。それ以上の可能性もあった。教育次第で男の子なら大神官になれるかも知れない、女の子なら次代のママコナを産めるかも知れない。当然ながらシュカワラスキはそれも拒否した。彼の最初の子供は女の子だった。彼は義父を真似て娘の能力を封印しようと試みたが、中途半端で修行を投げ出した彼には難し過ぎた。娘は死んでしまった。
 我が子を死なせてしまったシュカワラスキはショックを受け、オルガ・グランデを自らの結界に取り込んでしまった。”ヴェルデ・ティエラ”には無意味な結界だが、”ヴェルデ・シエロ”は出入りが出来なくなった。エルネンツォ・スワレは結界を下げさせる為に、シュカワラスキの2番目の娘を人質に取ろうとした。当時、オルガ・グランデの街に結界で閉じ込められた”ヴェルデ・シエロ”の中に、ファルゴ・デ・ムリリョがいた。考古学者だが、裏の顔は”砂の民”だ。彼は同僚であるエルネンツォの意を汲み、シュカワラスキの子供を拐いに行ったのだが、赤ん坊が麻疹に罹っていることを知った。直ちに医師に診せるようシュカワラスキに進言したが、父親は子供を人質に取られることを恐れ、拒否した。赤ん坊は死んでしまった。
 2人も続けて我が子を失ったシュカワラスキは当然ながら怒り心頭に発した。彼とエルネンツォ・スワレは激しく戦った。彼の妻カタリナ・ステファンは夫に投降してくれと懇願した。生きていれば必ずまた会える、彼に死んで欲しくないと訴えたのだ。しかしシュカワラスキの怒りは抑えられなかった。
 赤ん坊の死から13日目に、エルネンツォ・スワレの遺体が発見された。全身の骨を打ち砕かれていた。そんなことが出来るのは”ヴェルデ・シエロ”だけだ。当然シュカワラスキが疑われた。超能力で人間を殺害するのは大罪だ。長老会は全ての”ヴェルデ・シエロ”にシュカワラスキ・マナの捕縛を生死問わずで発令した。
 しかし、これは先日の調査会で判明したことだが、エルネンツォ・スワレを殺害したのは、弟のトゥパル・スワレに宿っていたニシト・メナクだったのだ。彼等は空間通路を使い、シュカワラスキの結界の隙間である地下の坑道を利用してグラダ・シティとオルガ・グランデを何度も往復していた。トゥパルにとっては兄の援助だったが、その言動に弟と異なるものを感じたエルネンツォにニシトの魂の存在を見破られてしまったので、殺害したのだ。誰もその事実に気が付かなかった。トゥパル自身も、兄を殺害したのはシュカワラスキだと思い込んだ。殺害時、彼の意識はメナクに抑え込まれていたのだ。ニシト=トゥパルはシュカワラスキに更に罪を被せる為に仲間を4人次々と騙し討ちで殺していった。地下水路を利用してオルガ・シティを脱出したムリリョや他の”ヴェルデ・シエロ”は真相を知る由もない。シュカワラスキ・マナは大罪人の汚名を着せられることになった。

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第11部  紅い水晶     19

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