2021/08/31

第2部 涸れた村  2

  テオドール・アルストがオルガ・グランデ基地に到着したのは兵士達の夕食が終わって2時間も経ってからだった。トウモロコシのトラックに便乗させてもらって路線バスよりは早く着いたが、市場がある場所から基地までの足を探すのに手間取ったのだ。結局彼は奥の手を使った。基地に電話して車両部で働く軍属のリコと言う男に迎えの車を手配してもらったのだ。リコは以前オルガ・グランデの実力者アントニオ・バルデスと言う半分マフィアの様な男の手下だった。記憶喪失になったテオが身元調べの為にオルガ・グランデにやって来た時に出会い、ケツァル少佐の盗品捜査に協力した見返りに身の安全を保証してもらった。つまり、バルデスが手を出せない陸軍基地で雇用され住み込みで働いているのだった。リコはテオを命の恩人だと敬っていたので、基地へ行きたいとテオが電話で告げると、自ら庶務用のトラックを運転して迎えに来てくれたのだ。テオは夕食がわりに肉の串焼きを買って、リコと2人で食べながら基地へ向かった。
 基地では先に到着していたマハルダ・デネロス少尉が司令官に砂漠の遺跡へ行く装備を要請していた。始めて山を越えて西へ来た若い娘っ子の要請など司令官は聞きたくなかったが、彼女は緑の鳥の徽章を胸に付けていたし、彼女の後ろに立っている男は私服姿ではあったが見覚えのある大統領警護隊の大尉だった。ケツァル少佐が連れていた部下だ、と記憶していたので、基地司令官はロス・パハロス・ヴェルデスの機嫌を損なうのは止めようと思った。それに遺跡調査の警護に人員を出すと基地へ降りる政府の交付金が増えるのだ。デネロスは司令官に6人の3日分のキャンプ装備と食糧、車2台と警備兵2名を出すことを承知させた。
 司令官室を出ると、ステファン大尉が彼女に囁いた。

「なかなかやるじゃないか。足りない物はなさそうだ。」

 えへへ、とマハルダが笑った。発掘調査隊警護の補佐でアスルに付いた時、あの気難しい先輩少尉からみっちりしごかれたのだ。
 ギャラガ少尉が先に休んでいる大統領警護隊用休憩室のそば迄来た時、反対側からやって来たテオと出会った。マハルダがきゃっと声を上げてテオに跳び付いた。

「ブエナス・ノチェス! 良かった、間に合いましたね!」
「ブエナス・ノチェス、マハルダ。空の旅は快適だったかい?」
「ノ、ノ、バスの方が良いです。」
「だが悲鳴を上げなかったのは偉かったぞ。」

 ステファン大尉が揶揄った。テオがデネロスを離して彼を見た。パッと顔が輝いた。

「カルロ! 久しぶりだなぁ! 元気してたか?」

 ステファン大尉はテオにハグされた。条件反射的に全身が硬直したので、テオが離れて笑った。

「すまん、すまん、君はこれが苦手だったんだな。」
「申し訳ありません、どうも男性に抱きしめられると、あの時の記憶が蘇って・・・」

 それでもステファンも苦笑していた。そして彼の方から改めてテオをハグした。

「また一緒に仕事が出来て嬉しいです。」

 2人は体を離した。デネロスが休憩室のドアを開いて、手招きした。
 ギャラガは大統領警護隊の官舎とさして変わりのない室内で、官舎と変わらない質素なベッドに座って地図を眺めていた。サン・ホアン村は記載されていたが、ラス・ラグナス遺跡はどこにも載っていなかった。村から車で4時間も走れば隣国だ。国境を越える様な厄介な話にならなければ良いが、と思っているところにステファン大尉とデネロス少尉が白人男性を連れて戻ってきた。この人がドクトル・アルスト? と思っていると、果たして大尉が「ドクトル・アルストだ」と紹介した。そしてテオにも「アンドレ・ギャラガ少尉です」と紹介してくれた。テオがにこやかに「ブエナス・ノチェス」と挨拶した。白人は十中八九握手を求めて来るのだが、テオは右手を左胸に当てて”ヴェルデ・シエロ”流に挨拶した。それでギャラガは敬礼で返して、大尉を見た。この人は一族のことを知っているのか? と思ったら、大尉が頷いたので、ギャラガは驚いた。”心話”が出来た? 大尉が呟いた。

「今更驚くなよ。」

 銘々が割り当てのベッドに座った。男女同室なので、デネロスも同じ部屋だ。コーヒーもビールもなかったが、テオがここへ来た経緯を話し始めた。エル・ティティの町の郊外でミイラ化した死体が発見され、身につけていた笛でサン・ホアン村の住人らしいとケサダ教授が鑑定してくれたこと、ゴンザレス署長がオルガ・グランデ警察に問い合わせて見ると、サン・ホアン村の占い師フェリペ・ラモスが行方不明になっていたこと、ラモスは生前ラス・ラグナス遺跡が荒らされていると言っていたこと、ラモスの遺体は遺族が引き取りに来たので、明日になれば村へ戻って来るだろうこと。
 テオが語り終えると、ステファン大尉が難しい顔になった。彼はテオに大統領府西館庭園での怪異の話をした。

「我々は空間に歪みが出来た原因究明と修復の為に遺跡へ行くのですが、遺跡荒らしが殺人事件と繋がっていると考えて良さそうですね。」
「恐らく、確実に繋がっているだろうな。だが、もう犯人は遺跡にいないだろう。」
「遺留品だけでも探しましょうよ。」

とデネロスがノリノリの声で言った。初めての単独調査を命じられて来たが、どうもオブザーバーが3人もいるようだ。しかし彼女はそんなことを気にしていなかった。盗掘調査と殺人事件捜査が重なっていそうだと好奇心が彼女を興奮させていた。
 その雰囲気を察したテオが大人の常識で注意した。

「殺人事件だとはっきりしたら、憲兵隊に捜査権が移るんだよ、マハルダ。」
「わかってます・・・って、警察じゃないんですか?」
「国境に近いし、先住民村だから憲兵隊の管轄だ。」

 ”ヴェルデ・シエロ”でなく”ヴェルデ・ティエラ”の先住民保護区になるのだ。メスティーソの村でないことを、テオはラモスの遺体を引き取りに来たサン・ホアン村の住民を見て知った。先住民率が住民の9割を越えると保護区指定になり、刑事事件は警察ではなく憲兵隊が担当する。小さな僻地の村ほど保護区に指定される率が高くなるのだ。ラモスが占い師として村の尊敬を集めていたのも納得だ。

「憲兵隊は民間人の俺が捜査に首を突っ込むのを許さないだろうし、君達も管轄違いだと追い払われる。下手をすると指揮官同士で喧嘩になるぞ。」
「憲兵隊長とエステベス大佐が喧嘩ですか?」

 デネロスが面白がっているので、ステファン大尉が「熱が出そうだ」と呟き、テオとギャラガは思わず笑った。

1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

>あの時の記憶

国立遺伝病理学研究所にカルロ・ステファンが捕われた時のこと。
麻酔で意識を失っていた彼にピラミッドからママコナが呼びかけていた。
彼が覚醒したのでママコナの呼びかけが止まり、ステファンは思わず「ママコナ」と呼んでしまう。
それをエルネスト・ゲイルが「ママ」と呼んだものと勘違いする。
普段髭をはやしているステファンが髭を剃ると幼く見えるので、エルネストは彼が見た目より幼くて母親を恋しがっていると大きな勘違いをしてしまい、慰めようとステファンを抱きしめてしまうのだ。
エルネストの行動は護衛の特殊部隊兵にもステファンにも大きな誤解を与えてしまう。

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