2021/08/24

番外編 1 雨の日 3

  ケツァル少佐はロビーの窓から外に駐機しているプロペラ機を見た。

「無事に降りたので、私は用がないですね。では仕事に戻ります・・・」
「待って下さい。」

 ステファンは慌てて彼女を引き留めようとした。

「母が貴女に会いたがっています。」

 ケツァル少佐は手に視線を落とした。ステファンはうっかり彼女の手を掴んでしまっていた。慌てて手を離した。

「失礼しました。」

 少佐は小さな溜め息をついた。彼女も落ち着かないのだろう、と彼は思った。
 カタリナ・ステファンとグラシエラがトイレの方角から歩いて戻って来るのが見えた。精一杯おめかししているが、お上りさん感は誤魔化せない。母親は伝統的な民族衣装に似せた他所行きの服を着て、妹は新しいカットソーのチュニックとジーンズだ。オルガ・グランデでは普通に見られるファッションだが、グラダ・シティでは浮いて見える。もっとも国内線空港ロビーはお上りさんでいっぱいだから、ここではまだマシだ。カルロは休暇をとっているので私服だった。襟付きのシャツにジャケット(勿論拳銃ホルダーを隠すためだ)、ジーンズだ。 そしてケツァル少佐は仕事中に抜けて来た。但し、いつもの軽装ではなく正装と言うか、平時の軍服だった。ファッションは関係ないので、お上りさんの父の家族に気まずい思いをさせないで済む。しかし、目立っていた。市民は軍人だと気がついても普通は気にしないのだが、胸に緑色の徽章が輝いているとなると別物だ。しかも少佐はカタリナ母娘がすぐに息子を見つけられるように、緑色のベレー帽を出して被った。

 ラ・パハロ・ヴェルデ以外の何者でもない!

 果たしてグラシエラが先に彼女を見つけて、母を促し足早に戻って来た。兄に似て少し丸みがかった輪郭、キラキラ輝く目のセルバ美人だ。一瞬ステファンは思った。

 (少佐 + マハルダ) ÷ 2

 彼の耳にだけ聞こえる声で少佐が囁いた。

「紹介しなさい。」

 ステファンは母が正面に来たので、素早く紹介した。

「母のカタリナ・ステファンと妹のグラシエラ・ステファンです。」

 そして母達にも言った。

「大統領警護隊文化保護担当部指揮官シータ・ケツァル・ミゲール少佐であられる。」

 改まった言い方に少佐が吹き出しそうになるのを耐え、それからカタリナの額に視線を向けて、姿勢を正し敬礼して見せた。

「ミゲールです。グラダ・シティにようこそ。」

 グラシエラが目を見張った。

「本物のラ・パハロ・ヴェルデなんですね!」
「失礼ですよ、グラシエラ。」

 カタリナが控えめな声で娘を叱った。ケツァル少佐は微笑んで異母妹を見た。

「貴女のお兄さんも本物のエル・パハロ・ヴェルデでしょ?」

 グラシエラは頬を赤く染めて頷いた。少佐に初めましてと挨拶してから、兄に飛びついた。

「カルロ! 大きくなっちゃったね!」

 まるで母親の台詞だ。カルロが妹のキス攻撃に苦戦している間に、カタリナ・ステファンが少佐の前に来た。

「初めまして。」

と彼女が挨拶した。少佐も彼女に向き直った。右手を左胸に当てて「初めまして」と一族の伝統的な作法で挨拶した。一瞬目と目が合った。少佐の目に涙が浮かび、彼女は慌ててベレー帽を脱いで目に当てた。カタリナが優しく彼女を見つめた。

「グラシャス、セニョーラ・ステファン」

と少佐が囁いた。

「初めて父を見ました。」

 カタリナ・ステファンがケツァル少佐を抱きしめたので、カルロは妹を抱きしめたままびっくりして2人の女性を見つめた。




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