2021/08/27

第2部 節穴  3

  大統領警護隊の大統領府西館警備担当班の間で、大統領夫人の部屋の外にある茂みから視線を感じると言う噂が流れるのにそんなに時間はかからなかった。噂話をマナー違反とするセルバ人にしては珍しい現象だ。誰もいない空間から視線を浴びる。超能力を持つ”ヴェルデ・シエロ”にとって、これは酷く屈辱的な現象で薄気味悪いことだったのだ。どの隊員も茂みの中を探って見たが誰もいないのだ。臭いも残っていない。危害を加えられた報告もない。しかし立ち番をしている間中視線を浴びるのは気持ちの良いことではない。常に観光客の目に曝されている正面玄関やピラミッドの儀仗兵とは違うのだ。ギャラガは初めて同僚達からこの現象に関する質問を受け、仲間の感想に同意した。2度目の不愉快な感触を体験した後だ。初めて仲間の雑談の輪に加えられ、班代表が報告書に正式にその体験を記述することに同意した。警備第4班全員からの報告として、班長は司令部に提出した。
 翌朝、点呼とシャワーと朝食を終えて大部屋に帰ると、隣の大尉が本を読んでいる場面に再び出くわした。今度も考古学の本で、分厚い表紙で装丁された高価そうな本だった。よく見ると裏表紙に国会図書館のスタンプが押されていた。自費で購入したのではなく、借りているのだ。しかし破損すれば自腹で弁償しなければならないから、又貸しで注意するのは当たり前だ。セルバ共和国の図書館は又貸しが横行している。紛失が多いので、文化・教育省では大統領警護隊に図書館監視部を設立してくれと言っていると言う冗談まで巷で流れている。隣のベッドの大尉も平気で又貸しをする様だ。だが借りた方が本を損壊すると、とことん追求してくるだろう。
 ギャラガは同僚から初めて仲間扱いされて機嫌が良かったので、気軽な感じで大尉に声をかけた。

「考古学がお好きなんですね、大尉。」

 大尉は顔を上げずに答えた。

「私は警備第30班にいたんだ。」

 ギャラガは揶揄われたと思った。大統領警護隊警備班は15までしかない。彼が黙り込んでしまったので、大尉がやっと顔を上げた。

「外郭団体ってことだ。私は文化保護担当部にいた。」

 ギャラガにはそれがどんな部署なのかわからなかった。仲間との情報のやり取りがない悲しさだ。大尉は彼が反応しなかったので、説明する気がなくなったのか、読書に戻った。ギャラガもベッドに座った。その直後、部屋の入り口で呼び声がした。

「ステファン大尉! ギャラガ少尉!」

 ギャラガが答えるより早く大尉が怒鳴った。

「ここだ。ステファン、ギャラガ、2名共ここにいる。」

 どこかの班の少尉がやって来た。ベッドの上に横たわったままの大尉の側に立ち、敬礼した。

「トーコ副司令がお呼びです。」

 大尉が頷き、ベッドから降りた。Tシャツの上に上着を羽織りながら少尉に「5分後に出頭する」と返事をした。彼はギャラガを振り返り、「何かな?」と呟いた。ギャラガも見当が付かなかったので肩をすくめた。急いで身支度して、2人は副司令官室へ向かった。

1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

ここでは書いていないが、原作では、ステファンが読んでいた本の著者はファルゴ・デ・ムリリョである。

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