2021/08/27

第2部 節穴  4

 トーコ副司令官は中佐だ。ブーカ族とマスケゴ族のハーフで、純血の”ヴェルデ・シエロ”とも言えるが、純血のブーカ族でも純血のマスケゴ族でもないので、大統領警護隊の外の純血至上主義者と仲が悪いと言う評判だった。大統領警護隊の隊員達は司令官のエステベス大佐と会ったことがなくてもトーコ中佐とはよく顔を合わせる機会があった。怒らせると怖いが普段は優しい上官だから若者達から好かれていた。ステファン大尉がドアをノックして、ギャラガを先に入れた。ギャラガは室内に入ると直ぐに副司令官の正面の位置を大尉に譲って傍に立った。大尉が声をかけた。

「ステファン、ギャラガ、出頭しました。」

 トーコは書類に目を通していた。警備班の勤務報告書だ。

「大尉、君は東館の警備を担当しているのだな?」
「スィ。警備第2班です。」
「西館の噂を知っているか?」

 ギャラガはドキンと胸が鳴るのを感じた。今朝の報告がもう副司令に渡ったのか。ステファン大尉は「ノ」と答え、チラリとギャラガを見た。ギャラガはここで言うべきだろうかと迷った。”ヴェルデ・シエロ”ならここで大尉の目を見て、一瞬で副司令官への報告内容を大尉に伝えられるのだが。 トーコもチラリとギャラガを見た。そして言った。

「ステファンに教えてやれ、ギャラガ少尉。」

 それでギャラガは大統領夫人の部屋の外にあるハイビスカスの茂みから感じる謎の視線の話を語った。

「警備第4班の11人全員が毎晩同じ体験をしました。今朝、班長が確認したら、少なくとも16日前から始まっていた様です。」

 トーコが頷いた。報告書の通りだ。

「16夜も奇妙な視線を感じながら、初めての報告が今朝なのだな?」

 ギャラガは頬が熱くなった。責められているのは彼だけではなく残りの10人も同じなのだが、代表で叱られている気分だった。これは班長の役目ではないのか? とちょっぴり不満を感じた。班長は中尉だ。まさか格下に損な役割を押し付けたのでもあるまいが。
 ステファン大尉は宙を見て、考える素振りを見せた。

「実体のない視線ですか。」

と彼は呟いた。トーコ中佐が尋ねた。

「原因に思い当たることはないか?」
「ノ。現場へ行って見てみなければ、なんとも言えません。」

 中佐と大尉が目を見合わせた。何か会話をしたとギャラガは分かったが、どんな話し合いをしたのか彼にはわからなかった。
 大尉がちょっと悩ましげな顔をした。

「私に出来るでしょうか?」

と彼は副司令官に尋ねた。トーコ中佐は頷いて見せた。

「良いからやってみな。これも修行だ。」

 何のことだろうとギャラガが思っていると、トーコが書類に署名をした。

「正式に辞令を与える。カルロ・ステファン大尉、西館庭園の視線の謎を解き、隊員達の不安を払え。期限は5日。助手にアンドレ・ギャラガ少尉を使え。」

 ギャラガは大尉が一瞬「え?」と言う顔をしたのを見逃さなかった。きっと”心話”も使えない似非”ヴェルデ・シエロ”なんか使えない、と思ったに違いない。しかしステファン大尉は上官に一切口答えせずに敬礼して命令を承った。ギャラガはボーッとしてしまい、大尉に横から足を蹴られて、慌てて敬礼したのだった。


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

トーコ副司令官は”視線”の正体には見当がついている。
何故それがそこで起こるのか、原因究明をステファンに命じたのだ。
ステファンはトーコから現象の正体を”心話”で伝えられ、その解決が自分に出来るのかと不安を覚えた。

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