2021/08/28

第2部 節穴  6

  テオドール・アルストが土曜日の昼にエル・ティティに帰省して、ゴンザレス署長とのんびり過ごしていると、署長に電話がかかってきた。ゴンザレスはふんふんと先方の話を聞いて、最後に「グラシャス」と挨拶した。電話を切るとテオがテレビを見ている横に戻って来た。

「例のバナナ畑の死体の身元がわかった様だぞ。」

と報告したので、テオは驚いた。セルバ共和国の警察にしては早かったんじゃないか? と彼は思った。尤も問い合わせてから既に11日経っていたのだが。

「死体はフェリペ・ラモスと言う男らしい。オルガ・グランデの北、国境に近いサン・ホアン村と言う所で占いなどをしていた農夫で、2ヶ月前から行方知れずになっていた。”雨を呼ぶ笛”をいつも持ち歩いていたと言うから、その男なのだろう。家族が明日こっちへ来るから、遺体を墓から掘り出さなきゃならん。」
「笛で身元確認してからの方が良いんじゃない?」

 身元確認の品が例の木片しかないと言うのは心許ないことだ。しかし、ミイラでは親が見ても分からないだろう。

「占い師ってことは、シャーマンかな?」
「どうかな・・・普通の占い師じゃないか? シャーマンって言うのは、大統領警護隊みたいな連中のことを言うんだ。直接神や心霊と話が出来る人々だ。」

 それじゃ俺がシャーマンじゃないか、とテオは心の中で苦笑した。大統領警護隊は”ヴェルデ・シエロ”なのだ。

「占い師を殺害するなんて、大罪じゃないのか? 」
「シャーマンと違って神様と入魂の間柄じゃないからな、占いが外れて頭に来た客にやられたのかも知れない。あるいは仕事と関係ない理由かもな。ここでは人の命はパンより軽いと考える連中もいる。」

 それは否定したくとも出来ない真実だった。テオが哀しい気分でテレビを消すと、ゴンザレスも昼寝の為に庭へ出ようとした。そして伝え忘れたことを思い出した。

「それから、あの死体に関係するのか分からないが、サン・ホアン村近くの古代遺跡が最近何者かに荒らされたそうだ。」

 テオは「古代」とか「遺跡」とかの単語に敏感だった。彼の大統領警護隊の友人達は古代遺跡を守る仕事をしているのだ。

「2ヶ月前に占い師が行方不明になったんだよね? 遺跡荒らしは何時のことなんだ?」
「それは分からん。ただ、ラモスは遺跡荒らしがあった後で行方不明になった。」
「遺跡で何か盗まれたのか?」
「何を盗まれたのか、誰にも分かっていない。正式調査が入っていない遺跡だそうだ。殺されたラモスはそこへ時々行っていたそうだ。」

 占い師が何のために遺跡に行ったのだ? 神託でも聞きに行っていたのか? それなら占い師ではなくシャーマンだろう、とテオは考えを巡らせた。盗掘の現場でも目撃して、消されたのか? 
 彼はゴンザレスが庭のハンモックへ行ってしまうと、携帯電話を出した。遺跡荒らしの情報は大統領警護隊文化保護担当部に連絡した方が良いだろう。もしかすると彼等は既に知っているかも知れないが、多忙なので通報を受けても直ぐに捜査に入るとも思えなかった。
 土曜日だから文化・教育省は閉庁している。ロス・パハロス・ヴェルデスの友人達はデスクワークが出来ないので、建前上「軍事訓練」をしている筈だ。畑や野原や海岸で実弾射撃を伴う隠れん坊か鬼ごっこをしているのだ。
 そんなところに電話を掛けたら危険なんじゃないか?
 テオは迷いながらもケツァル少佐の番号に掛けた。5回の呼び出し音の後、女性の声が聞こえた。

ーーミゲール少佐の電話でーーす!

 え? とテオはびっくりした。思わず声の主の名前を呼んだ。

「マハルダ?」
ーースィ! 

 マハルダ・デネロス少尉の元気な声が応答した。

ーーテオ? ブエノス・タルデス!
「ブエノス・タルデス。 今、演習中じゃないのか?」
ーースィ、演習中ですけど、私、捕まってます。

 テオは吹き出してしまった。どんな鬼ごっこか知らないが、デネロスは捕虜になったのだ。多分、荷物置き場にいるのだろう。少佐の電話が鳴ったので彼女が出たのだ。

「演習中だったら、少佐は電話に出られないんだろうな?」
ーー無理ですね。小屋の外で私を救出にやって来る中尉を返り討ちにしようと待ち構えています。

 すると男の声が聞こえた。

ーーこっちの作戦をベラベラ喋るな、捕虜。

 アスルの声だ。テオは楽しそうな演習だと思った。実弾を使用しているから油断禁物だろうけど。デネロスが声のトーンを落とした。

ーー何か御用ですか? 伝言承りますけど。
「少佐でなくても良いんだ。オルガ・グランデの北にあるサン・ホアン村近くにある遺跡を知っているかい?」

 デネロスは知らなかった。同じ質問をアスルに訊いてくれたが、アスルも知らなかった。だからテオは簡単に告げた。

「遺跡荒らしがあったと、親父がオルガ・グランデ警察から聞いたんだ。そのサン・ホアン村の占い師が殺された可能性があって、笛の持ち主らしい、と少佐に伝えてくれ。多分、彼女はそれでわかると思う。」
ーー遺跡荒らしに殺人ですか? 承知しました。

 その時、遠くで銃声が聞こえた。デネロスが「あーあ」と呟いたので、ロホが少佐に返り討ちにされたと察しがついた。


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

ケツァル少佐のファミリーネームはミゲールなので、彼女が電話に出る時は「ミゲール」と名乗る。
だからマハルダも「ミゲール少佐」と電話で名乗っている。

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