2021/08/27

第2部 節穴  5

  昼間の西館は無警護だ。時々歩哨が回って来るだけで、大統領警護隊は建物の中で来館者の警戒の方に重点を置く。ギャラガとステファン大尉は問題の茂みに近づいた。セルバ共和国なら何処にでもある普通のハイビスカスの茂みだ。赤い花が咲き乱れていた。ギャラガが示すと大尉が周囲を一周した。ギャラガの所に戻ると彼は囁いた。

「馬鹿にしているよ、全く。」

 ギャラガはその意味を推し量った。

「何もないってことですか?」
「何もないから、異変があるのさ。」

 大尉が彼を壁の際に連れて行った。大統領夫人の部屋の一番大きな窓の真下に彼を立たせ、赤い花の中で一番大きな物を指差した。

「そこに空間の歪みがあるのが見えるか?」

 ギャラガは目を凝らして見たが、何も見えなかった。彼は正直に告白した。

「私には見えません。一族の能力は何もないのです。」
「そう思い込んでいるんだな。」

 大尉は言った。

「目で見ようとするな。」

 彼はとても簡単なように言い放って、花のそばに行った。

「これは小さい穴だが、元からここにあったとは思えない。」

 彼は片手を前へ出し、指を花に向かって突き出した。花の10センチ程手前で彼の指が空中に消えた。ギャラガはびっくりした。純血種のブーカ族の成人は時々異次元空間通路を利用して遠い場所へ出かける。大統領警護隊も遠距離へ出兵する時は空間通路を使う。純血種のブーカ族は大人になれば普通に通路の”入り口”を見つけられるのだと言うが、ギャラガは見えない。他の部族は厳しい修行をして習得すると言うが、ギャラガはその修行も出来ない。どんなことをするのかさえ分からないのだ。しかし彼と幾らも年齢に差がないステファン大尉は鼠の穴でも見つけるみたいに空間の歪みを発見した。おまけに指まで突っ込んだのだ。

「これ以上大きくならない。こっちは”出口”で向こうが”入り口”だ。」

 大尉は指を出して腰を屈めた。花を観察するみたいに空中をじっと見つめ、やがてギャラガを振り返った。

「覗いてみろ。君にも向こう側が見える筈だ。」

 立ち位置を交換した。ギャラガは半信半疑だったが、大尉の真似をして虚空を見つめた。深紅の花の真ん中にポツンと異質の物が見えた。針の穴の向こうみたいな大きさだ。目を凝らして、それが灰色の石の表面らしいと彼は思った。試しに指を入れてみると、本当に彼の指も消えた。指先に何かが触れる感触はない。

「何が見えるか私は訊かない。」

と大尉が言った。

「互いの言葉に影響されたくない。君は君が見た物をしっかり記憶しておけ。これからそれが何なのか知っていそうな人に会いに行こう。私服に着替えて半時間後に本部通用門で落ち合おう。」


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

ショート・ショートの「節穴」はこの場面の所謂スピンオフです。

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