2021/08/10

太陽の野  23

  時間感覚がなくなる暗闇の世界だったが、シオドアが気が遠くなる前にロホが目覚めた。きっかり1時間経っていた。少佐がいなければ絶対に寝坊しない男だ。シオドアは交替で1時間眠るつもりだったが、柱にもたれかかって目を閉じた途端に寝落ちしてしまった。目が覚めると2時間経っていた。慌てて立ち上がると、ロホは階段に座って暗闇の中を警戒していた。

「起こしてくれても良かったんじゃないか?」

と寝坊した気まずさを誤魔化す為に文句を言うと、ロホはイケメンの微笑を浮かべただけだった。アリアナは・・・と後ろを振り返ると、彼女は神殿の床で携行食のパックを並べて水を入れていた。米を使った水だけで食べられる食事だ。シオドアは彼女に近づいた。

「君も休めよ。」
「これを食べたらね。」

 アリアナはパックを眺めた。全部種類が違った。

「少佐はどれが好きなのかしら?」

すると背後で囁き声が答えた。

「カレー味。」

 シオドアとアリアナはびっくりして振り返った。少佐が寝たままでリュックを指差した。

「木のスプーンが入っている筈です。それを使って食べて・・・」

 アリアナが水筒を持って彼女ににじり寄った。

「まだ喋らない方が良いわ。お水はいかが?」

 少佐は小さく頷いた。アリアナが振り返ったので、シオドアも少佐の側に行き、肩を支えて少しだけ上体を起こした。アリアナが用心深く少佐の口に水筒の口を当てた。思ったより元気よく少佐は水を飲んだ。アリアナが止めなければ全部飲み干したかも知れない。
 シオドアは静かに彼女の頭を枕代わりに丸めた彼自身の上着の上に戻した。それからカレー味のご飯のパックを枕元にキープしてやった。アリアナがロホにどれを持って行こうかと迷っていたので、黒豆入りのご飯を選んでやった。すると彼女は自分用に白い豆入りのご飯を選び、2つを持ってロホの方へ行ってしまった。
 残ったのはケチャップ味のご飯と赤い豆入りのご飯だった。シオドアは少佐の足元を回ってステファン大尉の側へ行った。ステファン大尉は死んだ猫みたいに四肢を伸ばして地面にべったり寝ていたが、顔の近くにケチャップ味のパックを置くと、鼻をヒクヒクさせて目を開けた。シオドアは笑った。

「飯の誘惑には睡魔も勝てないのかな?」

 ステファン大尉が気怠そうに体を起こした。最初に少佐の様子を伺った。彼女が穏やかに寝ている様子だったので安心して、地面に座り直した。

「私は何時間寝てました?」
「3時間程かな。まだ疲れているんだろ? 無理するなよ。」
「しかし、貴方とロホに警戒させっ放しで申し訳ないです。」
「2人で交替で寝たから気にするな。それに、少佐もさっき目を覚まして水分補給してくれた。」
「良かった・・・」

 シオドアが差し出した2つのパックから彼はケチャップ味を迷わずに選んだ。木のスプーンで食べながら、シオドアは先刻考えたことを言ってみた。

「アリアナがやって来た方角に、俺達が通って来たのとは別の坑道がある筈だ。トゥパル・スワレはそっちにいるんじゃないかな。或いは、シャベス軍曹もそこにいるかも知れない。」
「私もそんな気がします。しかし、もう少し休息してから行動した方が良いでしょう。我々全員が疲れていますから。」

 ステファン大尉が神殿の入り口を見たので、シオドアもそちらへ目を向けた。ロホとアリアナが少し距離を空けて座って食事を取っていた。ステファンが尋ねた。

「ロホは何時間寝ました?」
「1時間。俺も1時間で起こせと言ったのに、2時間も寝かせてくれたよ。」
「それでは、恐らくこの中で彼が一番疲れていますね。」

 ステファンはぐるりと周囲を見回した。

「彼は結界を張りっぱなしです。だが、私が寝落ちする前より結界が弱くなっている。早く休ませないと。」

 彼はご飯のパックを持って立ち上がり、神殿の入り口へ歩いて行った。

「折角のデートの邪魔をして悪いが、」

と彼は声をかけ、ロホにケチャップ味のご飯を差し出した。

「肉を食え、ロホ。豆だけじゃ地上迄保たないぞ。」

 それでシオドアは、少佐とステファン大尉がカレーやケチャップ味のご飯を選んだ理由を悟った。この2種類には肉が入っていたのだ。ロホは黒豆が好きなんだと文句を言ったが、結局肉入りのご飯のパックを受け取った。ステファンはアリアナに話しかけた。

「白豆は甘過ぎませんか?」
「確かに、甘いわね。」
「塩があればましなんですが。」
「でも疲れた時は甘いのも良いのよ。」

 カルロ、とロホが割り込んだ。

「白豆が好きだからって、他人のものを欲しがるなよ。」
「誰がいつ欲しがった?」

 子供同士の言い合いみたいで、アリアナが笑うと、2人は照れ臭そうに黙り込んだ。沈黙が辛いアリアナが質問した。

「後どのくらいで地上へ上がるの? ここは暗闇で息苦しいし、少佐をちゃんとお医者さんに診せないと・・・」
「それは・・・」

 ステファン大尉が背後をチラリと見た。

「少佐が歩ける様になってからです。」
「まさか!」

 アリアナがびっくりした声を出したので、シオドアが「どうした」とやって来た。彼女は彼に言った。

「少佐が歩ける様になる迄ここにいるって・・・何日かかると思っているの?」
「後、2、3時間・・・」

 答えたのはケツァル少佐本人だった。一同が彼女を振り返った。少佐が上体を起こしたので、シオドアは慌てて駆け戻った。急いで彼女の背中を支えた。

「まだ寝ていろ!」
「大丈夫・・・ご飯を食べたくて。」

 少佐の上体にかけられていたロホの上着がずり落ちて、彼女の胸が露わになった。大きなガーゼが貼り付けられていたが、血が滲んだ様子はなかった。無傷の方の乳房が眩しくて、シオドアは目のやり場に困った。手の位置もこれで良いのだろうか? しかし少佐は一向に気にせずにご飯のパックを手に取った。
 アリアナはふと横にいるステファンとロホが少佐に見惚れていることに気がついた。彼女は咄嗟に少佐の口真似をした。

「気をつけ!」

 2人の若い”ヴェルデ・シエロ”は慌てて座った姿勢で正面に向き直った。

  

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