2021/08/14

星の鯨  10

  カタリナ・ステファンは3人目の子供を産んだ。今度は男の子だった。シュカワラスキ・マナは息子にカルロと名を付けた。白人の名前を名乗らせ、己とは違う人生を生きて欲しかったのだろう。彼の義父はカルロの能力を封じることを禁じた。勿論未熟なシュカワラスキの技から孫を守る為だ。シュカワラスキも義父に従った。
 だがその直後に、グラダ・シティで大きな事件が起きた。ママコナが逝去したのだ。大巫女の逝去はセルバの全ての”ヴェルデ・シエロ”に文字通り電光石火の速さで伝わり、シュカワラスキとその家族にも届いた。反抗して逃げ出したものの、ママコナはシュカワラスキにとって育ての親だ。彼女の死にシュカワラスキは悲嘆し激しく動揺した。その隙を突かれて結界が破られた。”砂の民”達がオルガ・グランデに雪崩れ込んで来た。
 シュカワラスキは地下の坑道の迷路に逃げ込んだ。追跡者達は暗闇の中で彼と戦わねばならなかった。闇でも目が見える”ヴェルデ・シエロ”だが地の利はシュカワラスキの方にあった。彼は2年間地下で戦った。地上の”ヴェルデ・ティエラ”に影響を与えてはならない。それは古代から神として崇められてきた”ヴェルデ・シエロ”にとって何にも変えられぬ掟だった。
 妻のカタリナと息子のカルロは”砂の民”のムリリョに匿われていた。ムリリョはシュカワラスキの2番目の娘を病魔から救えなかったことが心に残っていた。父親の裁量に任せて赤ん坊を死なせてしまったことを後悔していたのだ。彼はカタリナの父親に協力を求めた。カタリナの子供達を守って欲しいと。
 カタリナは勇敢な女性だった。彼女はムリリョや父親の目を盗み、廃屋の井戸からこっそり地下に降りて夫を援助した。1年半近くそれは続いたが、やがてムリリョに知られた。4人目の子を身篭ってしまったのだ。カタリナはムリリョに夫の助命嘆願をした。当時ママコナはまだ2歳だった。カルロと同じ年に、先代ママコナ逝去の直後に生まれたカイナ族の女の子だ。罪人の裁定が出来る筈がなかった。だから、ムリリョはカタリナが使っていた井戸を降りて、シュカワラスキ・マナと面会した。彼は長老会に投降してひたすら助命嘆願せよと忠告した。息子と次に生まれてくる子供の為に生きることだけ考えよと訴えた。
 翌日、シュカワラスキ・マナは投降した。家族に手を出さぬと言う条件のみで、”砂の民”の頭目に捕縛された。投降した者を殺すことは許されない。直接能力を使って死なせることは掟に反するからだ。”砂の民”達は、長老会の裁きをマナに受けさせることにした。少なくとも、公平な裁判の場を与えてやろうと話がまとまった。護送にはブーカ族の能力が必要だった。空間の通路を使わなければ、マナの様な能力の人間をグラダ・シティ迄連行することは不可能だったからだ。 
 グラダ・シティから派遣されて来たのは、トゥパル・スワレだった。誰も彼がニシト・メナクの魂を宿しているとは気づかなかった。そしてトゥパルはエルネンツォを殺した時の記憶がなかった。殺人を犯した時、彼の意識はニシトに抑え込まれていたからだ。彼はシュカワラスキが兄の仇だと信じて疑わなかった。
 気を抑制する麻薬で意識朦朧となったシュカワラスキ・マナはトゥパル・スワレの先導で空間通路に入った。そしてピラミッドの神殿に出た時、彼は既に息をしていなかった。

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 マハルダ・デネロス少尉の目に涙が浮かんだ。

「シュカワラスキ・マナが可哀想・・・カタリナが可哀想・・・」

 彼女の隣に座っていたアリアナがそっと彼女の肩に手をかけた。

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 事件は「オルガ・グランデの汚点」と呼ばれ、当時の”ヴェルデ・シエロ”の大人達は語るのも憚られる昔話として封印した。だから若者達はほんの20年前にそんな出来事があったことを知らない。
 その20年間に、シータ・ケツァルはミゲール家の娘として成長し、自ら希望してセルバ陸軍に入隊し、大統領警護隊に採用された。純血のグラダ族であることは、長老会から司令官エステベス大佐に知らされていたが、彼女自身の能力の高さと強さで直ぐに警護隊全体にその血が何者なのか知られることになった。ウナガン・ケツァルは死ぬ間際に罪を許されていたので、シータを罪人の子と見る者はいなかった。それよりも純血のグラダの威力への畏怖の方が勝っていたのだ。彼女は警護隊の中で一目置かれる存在になった。
 一方、カルロ・ステファンは父親を失い、父親の死後に生まれた妹グラシエラと母親と貧民街で暮らしていた。祖父はグラシエラの能力を封じ込め、”心話”以外は使えなくした。彼は一家を支えて鉱夫を続けたが、カルロが5歳になる頃に亡くなった。生きるためにカルロ・ステファンはなんでもやった。子供に出来ることと言えばケチな窃盗やかっぱらい、置き引き、掏摸、詐欺まがいの行為ぐらいで、一人前のワルに育っていった。15歳になる頃に彼は偶然一人の軍人の財布を狙ってとっ捕まった。その軍人は”ヴェルデ・シエロ”だった。彼は掏摸が”出来損ない”だと知ると、こう言ったのだ。

「こんなことをしていると早死にする。同じ早死にするなら軍隊に入れ。給料をもらえるし、死ねば遺族に恩給が出る。」

 カルロ・ステファンは入隊し、成績が良かったので士官学校に入れてもらえた。そして大統領警護隊に採用されたのだ。そこでロホことアルフォンソ・マルティネスと知り合った。
 人類学者のムリリョが遺跡荒らしに頭を抱え、大統領警護隊に先祖の宝を守れと訴えた時、エステベス大佐は文化保護担当部の設立を考えた。指揮官にケツァル少佐を選んだのは偶然だった。女性隊員の多くは外交官や政府高官に付いて警護する護衛官になる。或いはそれらの役職に就いたり、省庁で事務官になる。だがケツァルは野外で走り回るのが好きな将校だった。ジャングルや砂漠の遺跡を守らせるのに打って付けだと大佐は考えた。
 新規開設部署の指揮官に任命するから部下を自由に選べ、と言われたケツァル少佐は後輩達の中から2人の男性少尉を選んだ。ステファンとマルティネスだ。動と静、荒削りと繊細、貧民街出身とブーカ族の名家の御曹司、面白い取り合わせで、その2人は仲が良かったのだ。しかもステファンは半分以上グラダだった。勇敢で運動能力は抜群だ。”ヴェルデ・シエロ”としての能力の使い方を知らない”出来損ない”だが、なんでも上手く出来る優等生のマルティネスと一緒にさせれば学ぶことも出来ると彼女は考えた。そして遺跡では祀られ方が悪くて悪霊と化した神様を鎮めるのにマルティネスの才能が絶対に必要でもあった。
 大統領警護隊文化保護担当部が活動を軌道に乗せると、長老会にも噂が届いた。ウナガン・ケツァルとシュカワラスキ・マナの娘が、グラダの血を引く男を部下として使っていると。長老達は聞き流したが、2人だけ、気にした男がいた。歳を取って長老となったトゥパル・スワレと彼に宿るニシト・メナクだ。シュカワラスキの子供達が何時真相を知るか、気が気でなかったであろう。
 そんな時に事件が起きた。シオドア・ハーストが”曙のピラミッド”に近づいてしまったのだ。ママコナの結界を破った男の存在を聞いて、スワレ=メナクはステファンかと不安になったのだ。ところが、シオドアをママコナの好奇心から守る為に、ケツァル少佐が彼をオクタカス遺跡に隠してしまった。スワレ=メナクはシオドアを観察する為に配下の陸軍兵士をオクタカス遺跡の警備隊に送り込んだ。そこで配下の兵士は、既にオクタカス遺跡で警備の役に就いていたステファン中尉を見つけてしまった。報告を聞いたスワレ=メナクは慌てた。彼等はそれまでシュカワラスキの息子が己の近くで大統領警護隊として働いていたなどと夢にも思わなかったのだ。彼は警備兵の配下に命じて”風の刃の審判”を用いてシュカワラスキの息子の能力の大きさを試させた。そして防御本能しか使えない”出来損ない”だと断じて、放置することにした。”出来損ない”なら何時でも殺せるとたかを括ったのだ。

 

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第11部  紅い水晶     19

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