カルロ・ステファン大尉が母親と妹の為に購入したいと希望する家は、戸建てだった。出来るだけ治安の良い場所で、しかし値段が高くない土地と家。シオドアは旧市街地で大きなお屋敷が沢山あったと言う地区に興味を引かれた。そこは今、お屋敷が解体され、新たに宅地分譲地として売り出されているのだ。更地を買って家を建てるか、それとも早い時期に家が建てられ中古物件となったものを買うか。シオドアがマークした数軒の中から1軒をロホが指差した。
「私はこの家が気に入ったな。もし結婚して家を持つとしたら、この家が良い。」
ステファンが眉を上げて彼を見た。ロホの実家はブーカ族の名家だと言うから、きっと大きな家に住んでいるに違いない、とシオドアは想像した。ロホ自身は大統領警護隊の官舎に住んでいるのだが。
「親の家に戻らないつもりか、ロホ?」
「戻らない。兄がいるのに、私が戻ったら家が狭いだろう。」
ロホがシオドアを振り返って言った。
「私には兄が3人いるのです。」
「3人?」
「それに弟が2人。」
「コイツは男ばかり6人兄弟なんですよ。」
それはさぞかしむさ苦しい家だろう、とシオドアは想像した。反対にステファン家はカルロ以外は全員女だ。2人亡くなって1人は腹違いだが、シュカワラスキ・マナの子供は息子が1人だけであとは全員娘なのだ。
「なぁ、カルロ・・・」
「はい?」
「君の妹は、やっぱり美人だろうな?」
するとロホが笑った。彼はまだ少佐と親友が異母姉弟だと知らないのだが、シオドアにこう言った。
「髭を剃ったカルロの顔を思い出して下さい、テオ。コイツの素顔は可愛いでしょう? その妹ですよ、美人でない筈がないじゃないですか。」
「褒められているのか貶されているのか、わからん。」
とステファンが拗ねて、シオドアとロホは笑った。ロホがお気に入りの家が載ったページを指で叩いた。
「この家にしろよ、カルロ。皆んなでリフォームを手伝ってやるから。」
「ああ、それいいな!」
シオドアも乗り気になった。大工仕事やペンキ塗りに大いに興味が湧いてきた。
「現状のまま買えば、値段は高くない。俺達で改装しよう。カルロ、お母さんや妹さんにそれとなく家の好みを訊いておいてくれないか?」
ローンの計画を考えると言うステファン大尉に「おやすみ」を言って、シオドアとロホは彼のアパートを出た。ロホのバイクの後部席に乗せてもらい、夜の街中を走ると気持ちが良かった。シオドアは愉快な気分だった。遺伝子も研究も超能力も暗殺も遺跡も関係ない、普通の市民の会話を堪能した。ロホもステファンも普通の幸せを求める普通の若者だ。
シオドアの亡命生活観察期間の家の近くまでやって来た。ロホが門の少し手前でバイクを停めた。ヘルメットのシールドを開けて暗がりの中を見て、シオドアの方へ顔を向けた。
「テオ、夜はいつも門を開けているんですか?」
「ノ、閉めている。」
「では、今夜は貴方の帰りが遅くなるから開けている?」
「そんな筈はない。遅くなったら夜警の兵士に開けてもらうんだ。」
ロホはシールドを下ろし、バイクを再発進させた。門の中に入らず、一旦前を通り過ぎた。1ブロック先迄走ってから、バイクを停めてエンジンを切った。シオドアが先に降りて、ロホも降りた。ヘルメットを脱いでバイクのハンドルに引っ掛けた。滅多に使用しない拳銃を抜き、安全装置を解除してシオドアに渡した。
「家の様子が変です。私が見てきます。ここで待っていて下さい。」
「俺も行くよ。アリアナが心配だ。」
シオドアの勇敢さは反政府ゲリラからロホを救出した時に証明済だ。ロホはそれ以上何も言わなかった。2人は歩いてシオドアの家迄戻った。用心深く門から内側へ入った。夜目が効くロホが庭を見回した。そっと囁いた。
「左手の奥、植え込みの下に一人倒れています。陸軍の制服を着ています。」
「夜警は2人いる。」
シオドアは真っ暗な家を見た。アリアナは無事だろうか。警備兵が倒れているのだ、無事でいられる筈がない。一人にするのではなかった。だが、何者が襲撃したのだ? CIAか? それとも反政府ゲリラか? 強盗か? 警備兵は陸軍特殊部隊の兵士だ。普通の人間であっても、厳しい訓練を受けた若者達だ。賊に簡単にやられるとは思えない。
ロホが窓から屋内を覗いた。人の気配がないので、彼は玄関のドアを押した。ドアが簡単に開いた。一歩中に入り、彼は全神経を集中して家の中にいる人間の気配を探査した。何かを見つけ、キッチンへ向かった。シオドアは闇の中で目を凝らしながらロホの後ろをついて行った。彼の耳に奇妙な唸り声が聞こえてきた。キッチンの床の上で何かが動いていた。
突然照明が灯って、シオドアは声を出しそうになった。だが、それはロホが壁のスイッチを押して天井の照明を点けただけだった。
キッチンの冷蔵庫の前でメイドが縛られて床の上に転がされていた。唸り声は彼女が口に貼られたダクトテープの下で呻いていたのだ。シオドアは拳銃をロックしてベルトに挟み、彼女に駆け寄った。テープを剥がしてやると、彼女は空気を求めて喘いだ。手首を縛っているダクトテープは包丁で切った。
「大丈夫か? 何処か怪我していないか?」
シオドアはメイドに怪我がないか目視で確認した。メイドは涙でベトベトになった顔のまま、彼にしがみついてきた。
「ドクトル、グラシャス! 殺されるかと思いました。」
「何があったんだ?」
「わかりません。お夕食の支度をしていたら、後ろに誰かが立って、振り返ったら・・・そこから覚えていないんです。目が覚めたら縛られていて・・・」
「アリアナは?」
「わかりません、すみません、ドクトラはどうなったんです?」
キッチンの調理台の上には調理しかけた野菜などがそのまま残っていた。シオドアがメイドを落ち着かせている間に家の奥へ様子を見に行ったロホが戻って来た。
「誰もいません。」
と彼が報告した。
「でも、アリアナの鞄が寝室にありました。帰宅されたのは間違いないようです。」
そして外をもう一度見てきます、と言って彼は裏口から庭に出た。
シオドアはリビングの照明を点けて、そこが荒らされていないことを確認して、メイドをソファに座らせた。水を飲ませてから、自分の寝室へ行ってみた。朝出かけた時のままだ。彼はロホが一度覗いたアリアナの部屋にも行ってみた。ドアを開けて、愕然とした。
ロホは先刻言わなかったが、恐らくそれはメイドがいたからだろう。アリアナのベッドは乱れていた。彼女の下着が散乱していた。彼女は裸で拉致されたのか? クローゼットの扉が開いたままだ。ロホが隠れている者がいないか確認したのだろう。シオドアはその中に何気なく目を遣って違和感を覚えた。ちょっと考えて、クローゼットに近づき、ぶら下がっているアリアナの服を探った。何か足りない。そして気が付いた。
セルバに亡命して来た時、北米は冬だった。アリアナはコートを着て来た。だからそれはクローゼットにあった筈だ。それが消えていた。アリアナを拉致した人間は、彼女にコートを着せて連れて行ったのだ。他の服を着せるより簡単だから。
ロホが呼ぶ声がしたので、キッチンに戻った。ロホが兵士2人をキッチンの床に座らせ、水を与えていた。
「彼等は気絶させられただけで、無事でした。襲撃者を見ていないと言っています。」
彼はシオドアに囁いた。
「多分、”操心”で見ていないと信じこまされています。」
「それじゃ、襲撃したのは”ヴェルデ・シエロ”?」
「特殊部隊の兵士を怪我させずに簡単に気絶させているので、そうとしか思えません。」
ロホは携帯を出した。
「私は少佐に報告します。貴方はキルマ中尉に連絡して下さい。内務省に内緒にする必要はありません。」
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