2021/08/06

太陽の野  12

  シオドアは文化・教育省が入居している雑居ビル1階にあるカフェでコーヒーを飲みながら、閉庁して帰宅して行く役所の職員達を見ていた。彼は事件現場となった自宅に帰る気がしなかった。家はアリアナを攫った賊に荒らされ、捜査した憲兵隊に更に荒らされた。もうメイドは来ないし、護衛も内務省に断ってしまった。亡命審査官のロペス少佐は良い顔をしなかったが、今回の事件にアメリカ合衆国が全く関与していないと憲兵隊も特殊部隊も結論づけたし、大統領警護隊も同意見だったので、彼は内務大臣に外務省にこの件を持ち込むなと提言した。それでパルトロメ・イグレシアス大臣は国防省に苦情を言ったので、内務省と国防省の間に険悪な空気が漂い始めていた。国防大臣は、憲兵隊と特殊部隊に、シャベス軍曹を早急に確保しアリアナ・オズボーンを発見して救出するように、と檄を飛ばした。今回の件が政治に関係ないところで起きたらしいと考えているシオドアは、翻弄されている軍部が気の毒に思えた。
 帰宅ラッシュが終盤に差し掛かる頃に、やっとケツァル少佐が現れた。テーブルには来ずに、シオドアに来いと合図した。シオドアは彼女について駐車場まで歩き、彼女のベンツに乗った。

「大学には、アリアナは病欠だと届けを出した。内務省からの指示だ。」

とシオドアは報告した。それで少佐も情報を出した。

「シャベスの車がC CT Vに映っていました。西に向かっていました。憲兵隊がハイウェイを調べています。私はエル・ティティ警察に電話でそれらしき車を見なかったかと問い合わせました。」

 シオドアはドキリとした。ゴンザレス署長はアリアナと一度会っている。シオドアの妹として彼女を気に入ってくれた。彼女が誘拐されたと知って、どんな気持ちでいるだろう。しかしケツァル少佐は詳細を地方警察に語っていなかった。

「武装した恐れのあるひき逃げ犯が逃走中と言ったので、恐らくエル・ティティ警察は慎重に検問をしてくれることでしょう。警察に被害を出したくありませんし、シャベス軍曹も出来るだけ無事に確保したいですから。」
「彼を操っているヤツは、目的を果たしたらシャベスを始末してしまうんじゃないかな。」
「その恐れは十分あります。だからキルマ中尉は焦っています。」

 少佐のアパート前に到着した。少佐が車を車庫に入れてから、2人はアパートのエレベーターに乗った。

「アスルは無事に退院したかい?」
「スィ。今夜から病院よりも厳しい官舎住まいです。風来坊には堪えるでしょう。」
「アスルには厳し過ぎるんじゃないか? カルロだって懲罰ものだろ?」

 2人はエレベーターを降りた。少佐のアパートではメイドが夕食の支度をしていた。料理が出来る迄まだ時間がかかるので、2人はリビングでビールを飲みながら話の続きをした。

「アスルは中尉に昇級出来る成績を残しているのに、生活態度が軍人らしからぬと言う理由で少尉のままなのです。司令官は今回の件を利用して、彼の生活態度を改めさせて、昇級の道を開いてやろうとお考えです。」
「親心ってやつかい? だけどアスルは今のままで満足しているんじゃないかな。」

 すると少佐が何とも言えない複雑な笑みを浮かべた。

「少尉の給料では家族を養えませんよ。アスルに家庭を持つ意思があるのかどうか、私は知りませんが。」

 大統領警護隊で少尉は一番下っ端だ。下士官がいなくて少尉の人数はかなり多い。ステファンが中尉の時期に既に独立してアパートの部屋を借りていたし、中古とは言え自家用車を持っていたから、少尉と中尉の給料の差は馬鹿にならないに違いない。

「それじゃ、アスルは中尉になる為の試練を受けている訳か。」
「ですから、今回の事件は彼には教えないことにしました。事件を知れば、彼は官舎を抜け出してしまうでしょうから。」
「仕事も休ませるのか?」
「I Tを使って本部で働かせます。」

 ドアチャイムが鳴った。メイドが応対に出て、すぐにステファン大尉とロホが現れた。2人共にジャングルでの戦闘に行くかの様なリュックを持っていたので、シオドアは驚いた。

「発掘隊の監視に行くのか?」
「ご冗談を・・・」

 ステファン大尉がリュックを床に置いて、シオドアの向かいに座った。少佐の隣だ。ロホもシオドアの隣に座って、リュックを横に置いた。

「アリアナを探しに行くのです。」

と少佐が言った。え? とシオドアは彼女を正面から見た。

「彼女が何処へ連れて行かれたのか、見当が着いたのか?」
「恐らく、オルガ・グランデです。」

とステファン大尉が言った。

「お宅の鏡に呪い文が書かれていたのでしょう? あの文はオルガ・グランデの”暗がりの神殿”に書かれている文句が原本です。」

 ロホも言った。

「犯人がトゥパル・スワレなら、カルロにそこへ来いと伝えているのでは、と我々は考えています。」

 少佐も言った。

「ムリリョ博士に、トゥパル・スワレが今何処でどうしているか問い合わせてみました。博士が掴まらなくても、長老の誰かに尋ねるつもりだったのですが、幸運にも今日は博物館にいらっしゃいました。トゥパル・スワレは2日前から誰にも会っていないとのことです。高齢なので自宅に篭っている可能性もありますが、シャベス軍曹が操られるままにオルガ・グランデに向かった可能性はあります。」

 そして彼女はこうも言った。

「”暗がりの神殿”はグラダ族が最初に建造した聖地だと博士が教えてくれました。」
「私は鉱夫をやったことがないので、地下に降りたことはありませんが、”暗がりの神殿”は鉱夫の間では知られていて、行くにはそんなに難しくないそうです。」

とステファンが説明を追加した。

「ただ、地下の深い場所にあるので、一般人は立ち入れません。アンゲルス鉱石の縄張りでもありますから、無断で入ろうとすると、連中の用心棒に袋叩きにされます。アンゲルス鉱石は金を掘っていますからね。」

 シオドアはロス・パハロス・ヴェルデス達を見回した。

「そんな地下に神殿を造ったのか、君達の祖先は?」
「祖先が何を考えていたかなんて、知りません。」

と少佐が突き放した様に言った。

「ただ、アンゲルス鉱石の土地であると言う障害をクリアして誘拐した女性を神殿に連れて行くのであれば、やはり”操心”の術が必要だと思うのです。シャベス軍曹一人では絶対に無理ですから、術をかけた人物も一緒に行く筈です。」
「目的地が本当にそこなら・・・だね?」
「シャベスの車は西へ向かったことが確認されています。」

とロホが言った。

「エル・ティティで我々を待ち伏せするとは考えにくいし、ティティオワ山では具体的な場所が特定しにくい。カルロを誘き寄せたいのなら、カルロが知っている場所を選ぶでしょう。」

 シオドアはもう一度友人一同を見回した。

「わかった・・・俺も一緒に連れて行ってくれないか? アリアナを助けたい。彼女を放置した俺の責任だ。 しかし、何故彼女なんだ?」
「貴方では、素直に言うことを聞いてくれないから上手く扱えないのでしょう。」

と少佐があっさり言った。

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第11部  紅い水晶     19

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