翌朝、ロホはステファン大尉とギャラガ少尉を連れて出かけた。朝食は一番近い大通りに出ていた屋台で揚げパンとコーヒーを買って済ませた。日曜日の礼拝が終わる迄一般市民が街を彷徨くことは少ない。歩いているのは主に観光客だ。大統領府に向かう団体がいる。正面玄関の儀仗兵の交代を見に行くのだ。ギャラガは儀仗兵が名誉な役職だとわかっていたが、なりたいとは思わなかった。正装して不動の姿勢で長時間多くの人の目に曝されて立っているなんてゴメンだった。イギリスの衛兵交代の様な華やかなものでもないのに、どうして観光客は喜んで見るのだろう。
ロホはステファン大尉から譲り受けたと言う中古のビートルを持っていたが、車を使わずに3人でのんびり街中を歩いて行った。繁華街に向かわず、高級住宅街へ向かって行くので、ステファン大尉は彼の目的地がわかった。
「彼女に連絡を入れたか?」
「ノ。でも今日はご在宅の筈だ。昨日はかなり遊んだからな。」
昨日は軍事訓練じゃなかったのか? ギャラガは疑問に思いつつ、黙ってついて歩いた。途中でまた屋台に寄り道して、ロホはお菓子をいくらか買った。ステファン大尉が尋ねた。
「コケモモパンケーキとアルコイリスは買ったか?」
「当然。」
ギャラガが怪訝な顔をしたので、大尉が囁いた。
「賄賂だ。」
「?」
大尉と中尉はクスクス笑いながら袋からアルコイリスを少しだけ掴みだして分け合った。ギャラガもお菓子を分けてもらい、歩きながら食べた。子供時代は縁がなかった甘味だった。
かなり太陽が高くなってから目的地の高級コンドミニアムの前に到着した。ステファン大尉が慣れた手順でセキュリティキーパッドを叩いて分厚いガラス扉を開いた。中に入ると次の関門が待ち構えていた。ロホがずらりと並んだ入居者の各部屋のパネルから一つを選んでボタンを押した。ギャラガはパネル毎にカメラが付いていることに気がついた。扉毎にもセキュリティカメラが付いている。警戒厳重なコンドミニアムだ。部屋の主がカメラでロホを確認した様だ。第二の扉が自動的に開いた。
生まれて初めて高級住宅に入った。ギャラガはエレベーターに乗っている間も落ち着かなかった。7階迄上がるのは時間がかからなかったが、ギャラガは初めての体験だったので気分が悪くなった。耳がおかしくなりそうだ。だから目的の階に着いて箱から出た時はホッとした。ロホがエレベーターホールに2つしかないドアの片方の前へ行き、チャイムのボタンを押した。2分間たっぷり待たされてから、ドアが開いた。
Tシャツにデニムの短パン姿の、すらりと背が高い若い女性が現れた時、ギャラガの心臓が高鳴った。
マジか?! ケツァル少佐じゃないか!
大統領警護隊では今や伝説の様な存在になっているこの世で唯一人の純血種のグラダ族だ。誰よりも能力が強くて、気の制御が上手くて、敵には情け容赦なくて、美しくて・・・。
少佐は化粧っ気のないすっぴんだったが美しかった。そして不意打ちで現れた部下に腹を立てていた。
「朝っぱらから何の用です?」
ロホが敬礼して申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません。まだお休みでしたか?」
「起床時間はいつも通りです。今日は日曜日ですよ。」
「すみません、客が少佐に面会を求めていまして・・・」
ロホは体を少し横へ寄せて、連れてきた2人が少佐に見えるようにした。ケツァル少佐が視線を向けたので、ステファン大尉が敬礼して見せた。ギャラガも慌てて敬礼した。少佐が大尉と彼をじっくり眺めるのを意識したが、目を合わさない様に務めた。
少佐はロホに視線を戻した。
「面会とな?」
「スィ。」
「彼等の任務の話?」
「スィ。」
「文化保護担当部と関係があるのですか?」
「あると思います。」
少佐が溜め息をついて、入れと手で合図した。
1 件のコメント:
土曜日は「軍事訓練」と称して実弾使用で野外で遊ぶ文化保護担当部。
日曜日は教会にも行かずに寝て過ごす・・・
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