2021/08/30

第2部 節穴  16

  マハルダ・デネロス少尉は曜日が関係ない大統領警護隊の官舎で日曜日を過ごすのは好きでなかった。現代っ子の若い女性なのだから無理もない。しかし同期の女性隊員は勤務中で遊び相手がいなかった。だから彼女は土曜日の軍事訓練が終わると実家に帰り、兄夫婦の手伝いをして畑で収穫した野菜を洗ったり、トラックに積み込んで近所の市場へ卸す仕事をした。太陽が高くなってそろそろお昼ご飯かなぁと思う頃に、ケツァル少佐から電話がかかってきた。上官が休日にかけてくる時は、何か事件が起こった時だ。緊張と期待で出ると、午後の1500に空軍基地へ行けと言われた。

ーーラス・ラグナス遺跡で荒らしがあったと言う報告があります。基地からヘリでオルガ・グランデへ飛び、そこからサン・ホアンと言う村へ行きなさい。遺跡はその村の近くにあります。未調査の遺跡ですから、何がどう荒らされたのか不明です。村人の案内を連れて行くと良いでしょう。

 デネロスの胸が高鳴った。もしかして、これは?

「現場へ行って調査するんですね?!」
ーースィ。貴女が昨日報告を忘れなければ、昨夜のうちに指示を出していましたけどね。

 あちゃーっとデネロスは失態に気がついた。サン・ホアン村の占い師が殺された事件の方に関心が行ってしまったのだ。遺跡荒らしも確かにテオから聞かされたのに。しかし彼女は言い訳をせずに、「承知しました」と答えた。

「被害状況の調査ですね? 犯人の追跡はしないのですか?」
ーーサン・ホアン村の占い師が殺害されたらしいと言う話は聞いていますね?
「スィ。」
ーー今回は調査だけして帰りなさい。

 少佐は私を危険から遠ざけようとしている。そんな柔じゃないのに。
 しかし彼女は素直に「承知しました」と応えた。少佐に逆らっても碌なことはない。それに初めてのヘリコプター搭乗だ。初めての遠出の現場調査だ。嬉しいが、一つ確認しなくては。

「私一人ですか?」
ーーノ。ステファン大尉とギャラガ少尉が別件で同行します。それからオルガ・グランデ基地でドクトル・アルストが合流します。ドクトルはオブザーバーです。

 ケツァル少佐は「ではよろしく」と言って電話を切った。
 デネロス少尉は心が弾んだ。またカルロ・ステファンと一緒に仕事が出来る! 彼女には兄が3人いるが、カルロは4人目の兄も同然だった。そしてロホは5人目の兄で、アスルは6人目の兄だ。カルロが突然文化保護担当部からいなくなって彼女は寂しかった。同じメスティーソ同士で悩み事を聞いてくれた。実を言うと、カルロが能力に目覚める迄は、彼女の方が”ヴェルデ・シエロ”としての気の抑制能力は上だったのだ。彼は軍人としての心構えと武器を使った戦闘を教えてくれた。互いに足りないところを補い合う仲だった。同じ官舎で寝起きしていても、警備班と外郭団体勤務では生活サイクルが違う。2人はまだ官舎では一度も出会っていなかった。それが、初めての現場派遣がカルロと一緒の仕事だ!
 アンドレ・ギャラガ少尉のことも知っていた。同じ官舎にいたし、年齢的には同期だが、年齢を誤魔化して入隊したギャラガの方が軍歴は長かった。赤毛で白い肌はメスティーソの中でも目立っていた。そしてギャラガは何も出来ない”落ちこぼれ”だった。”出来損ない”レベルではない。”心話”さえ出来ないのに、何故ここにいるんだ?といつも仲間から揶揄われていた。デネロスは一度助けてやろうかと思ったが、女性に助けられたら彼をますます辛い立場に追い込むだろうと思って止めた。本当に辛いなら、ギャラガはとっくに除隊していた筈だ。彼はまだ頑張れるのだ。
 デネロスは緊急出動がかかった、と兄に告げた。兄がちょっと不安そうな顔をしたので、彼女は笑って見せた。

「国家機密だから言えないけど、戦闘はない仕事だから安心して。」

 自室に戻り、急いで荷造りした。ピクニックでないことは十分承知していたが、リュックに林檎を入れるのを忘れなかった。そして分解したアサルトライフルも入れた。重たくて好きでない防弾ベストも入れた。”ヴェルデ・シエロ”は昨年迄防弾ベストなど使ったことがなかった。しかしケツァル少佐が裏切り者の憲兵隊員に横から撃たれると言う前代未聞の不祥事が起きて以来、警備班と野外警備の隊員には防弾ベストの着用が義務付けられた。ヘルメットと軍靴をクロゼットから出して、着替えを始めた。野戦服でばっちり決めて行くのだ!



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