2021/08/28

第2部 節穴  9

 ステファン大尉はムリリョ博士に”心話”で大統領府西館庭園の怪異を説明した。一瞬で終了した。ふむ、とムリリョはちょっと視線を天井に上げ、それからギャラガを見た。大尉がギャラガに言った。

「君が見た物を博士にお見せしろ。」

 ギャラガは一気に緊張した。彼は勇気を振り絞って告白した。

「出来ません。」

 大尉とムリリョが彼の顔を見た。ギャラガは赤面して、もう一度言った。

「”心話”を使えません。私は・・・緑の鳥の徽章を付ける資格がないのです。」

 ムリリョが大尉の目を見た。2人で”心話”を使って会話をしている。ギャラガはこの場から去りたくなった。己は”出来損ない”どころかただの”ティエラ”だ。大統領警護隊として勤務する資格のない男だ。
 ムリリョがギャラガに向き直った。

「気を放出しているのに、”心話”を使えない訳がない。」

と彼は言った。え? とギャラガは驚いてステファン大尉を振り返った。博士は今何と言った? ステファン大尉がギャラガに尋ねた。

「君のご両親は君に”心話”で話しかけなかったのか?」
「私の親ですか・・・」

 ギャラガは再び赤面した。父が何者だったのか知らない。アメリカから来た白人と言うだけだ。母親は売春婦だった。思い出すのも嫌だ。

「父は私が物心つく前に死にました。母は・・・まともに私と話をした記憶がありません。」
「どっちが白人だ?」
「父です。」

 大尉はムリリョ博士に言った。

「母親が基本を教えなかった様です。」

 ムリリョが首を振った。

「”ティエラ”でも親が話しかけない子供は言葉が遅れる。この男は幼児期身近にまともな”ヴェルデ・シエロ”がいなかったのだな。」
「何のことですか?」

 ギャラガは不安になってどちらにともなく尋ねた。ステファン大尉が答えた。

「君は能力を持っているのに使い方を知らない、と言う話だ。」
「私が能力を持っている? そんな筈は・・・」

 しかしムリリョはもうこの話題に飽きた様だ。ステファン大尉に言った。

「この男の記憶を探らせろ。もうすぐ閉館時間だ。」

 大尉が溜め息をついた。そしてギャラガに言った。

「君は否定しているが、君は全身から”ヴェルデ・シエロ”の気を放っている。それが、博士が君から記憶を引き出すことを妨げている。”心話”を使えないんじゃない、君自身が心を開いていないのだ。余計なことを考えずに、今日、私と一緒に見た物だけを思い出せ。目を開いたまま、見た物だけを思い浮かべろ。」

 ギャラガは深呼吸した。見た物だけを思い出せ? そんなの簡単だ。赤い花の手前、空中にポツンと見えた灰色の石の様な物・・・

「確かに、お前達は2人共同じ物を見た様だな。」

と不意にムリリョ博士が言って、ギャラガは我に帰った。博士が俺の心を読んだ?
 戸惑う彼を無視してステファン大尉が博士に尋ねた。

「どこの石かわかりませんか? 地質学者に訊いた方が良いでしょうか? 生憎知り合いがいないので、こちらへお邪魔させて頂いたのですが。」
「見えた物が石の一部だけと言うのが、心許ない話だ。しかし、あの材質は見覚えがある。」

 いきなり博士が歩き出したので、ステファン大尉がついて行った。ギャラガも慌てて後を追った。博士は入り口近くの壁に大きく描かれているセルバ共和国の地図の前で立ち止まった。現在確認されている国内の遺跡の位置が記されている地図だ。その一番上にある小さな青い点を博士が指差した。

「ラス・ラグナスと呼ばれる遺跡だ。まだ未調査なので青い印が付けられている。」

 大尉が見上げた。天井近くの青い点を見上げて、「知らないなぁ」と呟いた。

「発掘申請が出ていない遺跡ですね。私がオルガ・グランデにいた頃も聞いたことがありませんでした。祖父も知らなかったでしょう。」
「国境の砂漠同然の荒れた土地だからな、街の人間は知らない筈だ。陸軍基地から北へはそこの住民しか行かない。」
「住民? 村か町があるのですか?」
「サン・ホアン村と言う小さな集落がある。ラス・ラグナス遺跡はその村の先祖が造ったと思われている。」
「ラグナス(沼)なのに、砂漠なのですか?」

 ギャラガがうっかり口を挟んでしまった。ムリリョがジロリと彼を見た。

「昔は湿地だったのだ。」

 それだけ言うと、彼はステファン大尉に質問した。

「ところで黒猫、お前は空間の歪みの修復の仕方をわかっておろうな?」

 大尉が頬を赤く染めた。

「トーコ中佐にやってみろと言われました。」
「経験はないのか?」
「ありません・・・」

 ムリリョが天を仰いだ。

「今以上にケツァルに負担をかけるなよ、黒猫。」


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

ムリリョに「黒猫」と呼ばせる時、作者は嬉しくなる。
ムリリョ博士は怖い人なのだが、実は優しい(?)
ステファンを「黒猫」呼ばわりするのは、蔑みと愛情が入り混じった表現なのだ。
黒いジャガーに変身することを認めている。だから、早く未熟者から卒業して一人前の”シエロ”に慣れよと言う彼なりのメッセージなのだ。

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