2021/08/22

星の鯨  14

  ロホとアスルはデネロスが運転する軍用ジープで大統領警護隊の官舎に帰って行った。アリアナはステファン大尉が病院職員寮へビートルで送ると言った。アリアナは躊躇したが、少佐がそうしなさいと勧めたので、素直に従った。シオドアは少し心配だったが、アリアナが大丈夫と目で言ったので、彼女を大尉に任せることにした。

「カンクンへ行く日が決まったら、必ず連絡しろよ。」

と彼は念を押して彼女を送った。
 ビートルの助手席に座ると、走り出して間もなく、大尉が彼女に話しかけた。

「向こうに行ったら、アメリカ人に気をつけて下さい。遺伝病理学研究所と繋がりがあるかも知れません。向こうはまだ貴女を諦めていない可能性もあります。」
「ロペス少佐はそれも考慮に入れて下調べをして下さった筈よ。」

 アリアナは前を向いたまま言った。

「私もいつまでも人に頼ってばかりじゃ駄目なのよ。自分で自分の身を守れるようにならないと。」
「頑張り過ぎても良くありません。」
「まだ頑張る入り口にいるのに、そんなことを言わないで。」

 彼女は笑った。そして、思い切って胸の内を打ち明けた。今言わなくて、何時言えるのだ?

「知っていると思うけど、私、貴方のことが本当に好きなの。今も好き。だけど、貴方が誰を愛しているか知っている。テオは貴方の恋に批判的だけど、私は・・・貴方が彼女を諦めきれない気持ちがわかる。だから、貴方の邪魔をしたくないの。」
「邪魔とは・・・?」
「貴方に恋愛ゲームを仕掛けたりしないってこと。」

 アリアナは運転席の方を向いた。ステファンは前を向いたままだ。

「テオによく叱られるけど、私は時々自分を抑えられなくなる。多分、本当の恋愛をしていないからだと思うの。このまま貴方のそばにいたら、私はまたゲームを始めてしまう。貴方に少佐と私を選ばせようとするでしょう。負けるとわかっていてもね。そして貴方には気まずい思いをさせてしまうに決まっている。私はまた別の男性を摘み食いしてしまうわ。シャベス軍曹みたいな若い人を誘惑してしまうでしょう。」

 彼女も前を向いた。

「貴方とロホが、私のことをアスルが気に入っていると言ってくれたわね。私には彼はまだ子供に見えるの。だけど、今日、私は彼をもう少しで誘惑しそうになった。」
「そうは聞こえませんでしたが・・・」
「本当に誘いをかけようとしてしまったのよ。テオは気がついているわ。後で聞いてごらんなさい。」
「アスルにも経験は必要です。」
「でも貴方の代わりに、と言うのは良くないわ。だから、私はロペス少佐の提案を聞いた時に、貴方達と距離を置く良い機会だと思ったの。でもね、少佐とマハルダから離れるのは寂しいの。洞窟の中で少佐の手術を任された時、彼女が私を心から信頼してくれていることがわかって、本当に嬉しかった。だから、私は彼女が貴方を選んだら、絶対に応援する。テオが反対しても私は味方するわ。」

 ステファン大尉が小さく溜め息をついた。

「彼女が私を選んでくれるかどうか、私には自信がありません。今まで彼女が私に対して親しげに振る舞っていたのは、同じグラダ族の血が流れていたからだと、今回の事件で思い知りました。男としての信頼は、私よりロホの方へ置かれています。そして人として彼女はテオを信用しています。洞窟で敵に襲われた時、彼女はテオの背中に隠れたのです。私だったら、絶対に彼女はそんなことをしない。逆に私を守ろうとしたでしょう。男として屈辱です。」
「諦めちゃ駄目よ!」

 アリアナが力強く言ったので、彼はびっくりした。

「彼女はどんなことでも貴方に関することは細やかに気をつけて行動しているわ。貴方との本当の関係がわかる前から・・・彼女は貴方を愛している。彼女を信じてあげて。」

 ステファン大尉が苦笑した。

「遺伝子学者が、近親婚を奨励するのですか?」
「心の繋がりは誰にも邪魔出来ないのよ。」

 アリアナは心の中で呟いた。

 私は繋がりたい人が増えてしまったの・・・

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第11部  紅い水晶     19

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