2021/08/07

太陽の野  14

  基地司令官はグラダ・シティの陸軍本部からシャベス軍曹の手配と確保を命じられていた。大統領警護隊に出しゃばって欲しくない感が滲み出ていたので、ケツァル少佐は挨拶だけで基地から退散した。
 シオドアは司令官室に入れてもらえず、一番格下になるロホと一緒に車両部で待っていたが、見覚えのある顔を見つけた。名前を呼ぶと、相手はびっくりして振り返り、それから照れ笑いの様な泣き顔の様な複雑な表情で近づいて来た。車両部の帽子を脱いで挨拶した。

「お久しぶりです、セニョール・アンゲルス・・・」
「俺の本当の名前はアルストだよ、リコ。」

 かつてアンゲルス鉱石のNo.2だったアントニオ・バルデスがパシリに使っていたリコだった。シオドアが大統領警護隊とバルデスの繋ぎを付けるために利用したので、彼はバルデスに報復されることを恐れた。だからシオドアはケツァル少佐にリコの保護を頼んだのだ。
 オルガ・グランデの下町でヤクザな生活をしていた男が、今オイルまみれの作業着姿で目の前に立っていた。胸にはセルバ陸軍の軍属を示す徽章、袖にも印のワッペンが付いていた。真面目に軍隊で雇われて働いていたのだ。シオドアはちょっとこの元ヤクザを見直した。

「車両部で働いているのか!」
「スィ、セニョール。お陰様で車の整備を習って仕事をもらってます。寝るところがあるし、飯も食わせてもらえる。出かける時は、必ず制服着用を義務づけられてますが、身を守るためなのでしょうがないです。」
「バルデスはもう君のことなんか覚えちゃいないだろうけど、長生きしたけりゃ今の生活を続けることだね。」
「スィ、俺もそう思ってます。」

 リコはロホをチラッと見た。大統領警護隊だとわかっている。

「俺をここへ連れて来たエル・パハロ・ヴェルデですね?」
「スィ、彼は中尉だ。」
「俺が感謝してますと伝えて下さい。あの女性の少佐にもよろしく。」

 リコは両手を組み合わせて祈りのポーズを作って見せ、また仕事に戻って行った。彼が十分遠ざかってから、ロホがシオドアに話しかけた。

「バルデスはネズミの神様の荒魂を扱いかねていました。我々の訪問を心の底で喜んでいましたよ。あの男が我々を呼び込んだことに感謝すべきです。」
「バルデスにそう説教してやれよ。」

 シオドアが笑ったところへ、ケツァル少佐とステファン大尉がやって来た。ロホが基地から借りるジープへ彼等を案内した。当然運転をするのは彼だ。シオドアは助手席に座るつもりだったが、少佐の隣を大尉に指示された。
 鉱山業で賑わうオルガ・グランデはセルバ共和国第2の都市だ。旧市街地にはスペインの植民地時代の名残りである古い家屋が並んでおり、近代的ビルが並ぶ新市街地と細い川を挟んで向かい合っていた。新市街地のビルは建築制限でもあるのか、3階建てばかりで、それより高いビルはなかった。ロホが運転するジープは石畳の旧市街地を横切り、新市街地に入った。アスファルトの道路を走って、アンゲルス鉱石の社屋ビルに到着した。少佐は暫く路上からそのビルを見上げ、それからロホに再度命じた。

「何処か食事が出来るところへ。」

 ロホが車を出し、助手席のステファン大尉と相談を始めた。シオドアは少佐に尋ねた。

「食事の後でバルデスに会うんだったよな?」
「スィ。」
「アポは取ったのか?」
「ノ。でもシエスタの時間に捉まえます。」

 ステファン大尉はオルガ・グランデ出身だったが入隊する前は貧民街の不良少年だったので、新市街地にも旧市街地にも彼が友人にお勧め出来るレストランを知らなかった。それでロホは適当に駐車スペースを見つけ、基地の知人に電話をかけ、店を紹介してもらった。到着した店は緑の樹木で囲まれた庭園風の店で、高そうに見えたが利用客は庶民ばかりだった。ウェイターは客の緑の鳥の徽章に気がつくと慌てて一番涼しそうな日陰のテーブルに案内した。席に着き、料理を注文してから、ステファンが可笑しそうに笑った。

「あのウェイターは旧市街地の不良グループのボスだった男です。私と縄張り争いで散々喧嘩したのですが、さっきは私が誰だかわからなかったようです。」

 すると少佐が言った。

「髭を生やしているからです。次にテーブルに来たら名乗りますか?」
「ノ、昔を蒸し返すようなことはしません。」

 シオドアは呟いた。

「どんな過去でも、昔話に出来る思い出を持っている人は羨ましいよ。」

 ロホが尋ねた。

「まだ記憶が戻らないのですか?」
「まさか・・・」

 シオドアは吹き出した。

「記憶喪失は治った。俺はずっと研究所の特別な部屋で育ったんだ。毎日観察されて学習を強要されて、それが当たり前の生活だと信じて疑いもしなかった。だから、昔話をしようにも、何も語るものがないんだ。アリアナとエルネストと遊んだことぐらいさ。」

 珍しく少佐が彼の手に彼女の手を重ねた。

「必ず彼女を救出します。」
「グラシャス・・・」

 シオドアは友人達を見回した。

「グラシャス、アミーゴス。」


 

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