アンゲルス鉱石の2代目社長アントニオ・バルデスは昼食を終えるとシエスタを取りに自宅へ帰るのが習慣だったが、その日は建設大臣から電話がかかってくる予定だったので、社屋に戻った。広い社長室の隣の個室で昼寝をするつもりで上着を脱いだ時に、階下の受付係から電話がかかって来た。
ーー社長、大統領警護隊のミゲール少佐が面会に来られています。お通ししてよろしいですか?
「ミゲール少佐?」
すると受付係ではない女性の声が聞こえた。
ーーケツァルと言えばわかります。
バルデスはぎくりとした。すっかり忘れていた存在なのに、今頃何用だ? 彼は受付係に言った。
「社長室にお通ししろ。」
バルデスは室内を見回した。大統領警護隊に睨まれるような古美術品はどこにもない。数分後、ケツァル少佐は男性の部下2人とバルデスが知っているアメリカ人の男と共に部屋に入って来た。バルデスは営業用の微笑みで客を出迎えた。
「これは少佐、お久しぶりです。相変わらずお美しい・・・」
「急に押しかけて申し訳ありません。」
ケツァル少佐は挨拶抜きで単刀直入に要件に入った。
「坑道の地図があれば拝見させていただきたい。」
「坑道の地図?」
予想外の言葉だったので、バルデスは面食らった。うちの鉱山に遺跡はあっただろうか、と彼は考えた。
ステファン大尉がバルデスの執務机の上のパソコンを見たので、シオドアは机の向こう側へ行った。
「地図はこの中かな、セニョール?」
「待ってくれ。」
バルデスは慌てて壁に設置された大画面を起動させた。アンゲルス鉱石所有の坑道が壁に映し出された。蟻の巣の様に複雑に地底にはりめぐされている坑道を4人の客は見上げた。ステファン大尉が少しイラッとした声でバルデスに尋ねた。
「立体図はないのか?」
「只今・・・」
バルデスは従僕の如く素直に従った。様々な角度から計算された立体図が表示された。事故や警備の為に作成された立体地図のソフトだ。シオドアはバルデスの指の動きとキーボードを見ていた。ソフトの立ち上げ方とパスワードを記憶した。
「これで全部ですか?」
と少佐が尋ねたので、バルデスは再び慌ててキーを叩いた。立体図が少し小さくなって、表示区域の範囲が広がった。
「緑が現行の坑道、赤が廃棄坑道です。」
と彼は説明した。ケツァル少佐は立体図の隅々まで目を通し、バルデスを振り返った。
「20年前の図はありますか?」
「20年前?」
バルデスは訝しげに彼女を見て、うっかり目を合わせそうになった。慌てて目を逸らした。
「二次元図だけならあります。お待ちを・・・」
ロホが書棚を眺め、紙の図面を引っ張り出した。
「これには他社の坑道も載っているようだな、セニョール?」
バルデスが頭を抱えた。
「すみませんが、要件は順番にお願いします。」
少佐とロホが目を合わせ、クスッと笑った。シオドアもステファンと肩をすくめ合った。
アンゲルス鉱石は他社の坑道を買収し、合併吸収し、成長して行ったのだ。新しい年代の他社の坑道地図はあったが、古いものはなかった。拡張されたアンゲルス鉱石の地図を見て、他社の古い坑道をイメージするしかなかった。
1 件のコメント:
バルデスが待っていた建設大臣からの電話と言うのは、前日に少佐がマリオ・イグレシアス大臣に頼んでかけさせた「特に用のない電話」だった。
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