「セニョール・バルデス」
とケツァル少佐に呼ばれて、アントニオ・バルデスはキーボードから顔を上げた。シオドアはふと彼と愛するゴンザレス署長のファーストネームが同じであることを思い出し、ちょっと忌々しく思った。もっともアントニオと言う名前はスペイン語圏ではありふれた名前なのだ。大学の学生達の中にもアントニオは数名いたし、文化・教育省でも何人かいる。養父とマフィアの様な会社の社長が同名でも我慢するしかない。
少佐が壁の大画面の一点を指さした。
「ここに神殿とありますが、遺跡ですか?」
ああ、とバルデスが頷いた。
「スィ、少佐、古代の神殿です。暗闇の神殿とか暗がりの神殿とか呼ばれています。そこへ行く坑道はもう10年以上も昔に閉鎖になっています。金が出なくなったし、古くからこの街に住んでいる鉱夫連中が近づくのを嫌がるので。」
「何か呪いでも?」
とシオドアが尋ねると、バルデスは苦笑した。
「ノ、先住民の聖地ですよ、ドクトル。闇の中にある岩を削って造った神殿で、私は行ったことがないのでどんな場所か知りませんし、街の外では知られていないので発掘調査もされたことがないでしょう。」
彼は少佐に顔を向けた。
「学術調査でも入るんですか?」
「そのうちに」
と少佐は誤魔化した。
「闇の中にあると言うことは、照明施設はないのか?」
とシオドアは出来るだけ情報を集めようと試みた。
「いや、昔は坑道に金鉱石が出たので古い電線はあります。まだ使えるかどうか知りませんが。神殿が発見された時代は、油ランプで掘っていましたからね。」
バルデスは紙の地図を広げているロホをチラリと見た。
「どうしてあんな深い地下に神殿を造ったのか、ご先祖の気が知れません。」
「貴方の先祖でないことは確かです。気にしないことです。」
と少佐が言った。
「赤い色の廃棄坑道ですが、中には通れない箇所もあるのでしょうね。」
「あります。落盤箇所は報告がある限り印を入れていますが・・・」
バルデスはポインターでバツ印が入った地点を指した。
「閉鎖口から奥で発生した落盤までは把握しかねます。音が聞こえても鉱夫達を危険な場所へ確認に遣ったりしません。救助活動は時間と金がかかりますからね。」
彼は大統領警護隊の人々を見回した。
「事前調査に行かれるのは結構ですが、赤い坑道に入るのは止した方が良い。私どもは責任を取りたくありません。」
「ご迷惑はおかけしません。」
少佐はポケットからメモ用紙を出した。
「これに書いてある装備を本日の夕刻1800までに用意して頂きたい。費用はグラダ・シティの私のオフィスに請求して頂いて結構。」
バルデスはそのメモをチラリと見て首を振った。
「全部進呈させて頂きますよ、少佐。昨年のお礼がまだでしたから・・・」
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